優しい嘘を並べて

 ルルーシュは戸口に立った人影を認めて、目を吊り上げた。今最も会いたくない、最悪の人間がそこに立っていた。
 「何をしにきた!さっさと帰れ!」
 「・・・お兄様?」
 突然上がった兄の怒声に、ナナリーが怯えた声で兄を呼んだ。そのナナリーを庇うようにルルーシュは前に進み出て、戸口に立ち尽くす少年に罵声を浴びせた。
 「帰れと言っているのが分からないのかっ。これ以上俺たちに何をするつもりだっ」
 黙ったままの少年をルルーシュは精一杯睨みつけた。目の前の少年に突然殴られてから、まだ一日しか経っていない。殴られた頬の痛みは、今日になってもひくどころか熱を持って腫れたままだ。けれど、ナナリーを守れるのは自分しかいない。ここで負ける訳にはいかなかった。
 しかし、少年の口から出た言葉は、虚勢を張るルルーシュが予想もしなかった言葉だった。
 「・・・・・・謝りにきたっ」
 「はあ?」
 ずっと黙っていた少年の口から出た意外な言葉に、ルルーシュは先程までの緊張も忘れて、つい間の抜けた声を出した。
 「聞こえなかったのか?・・・謝りにきたんだっ」
 殆ど怒鳴るように叫ばれては、とても謝っているとは思えない。ナナリーはルルーシュの影で、その大きな声にびくりと身体を震わせた。
 「何故?」
 「な・・・なんでって・・・」
 そう言ったきり、少年は目を逸らして黙りこくってしまった。ルルーシュはそんな少年の姿を見て、苛々としてきた。元々二度と顔を見たくもないと思う程、腹立たしく思っていた相手だ。言いたいことは山程あったし、殴り返してやりたいとも思ったが、万が一ナナリーにまでこんな暴力を振るわれたら・・・。そう思うとルルーシュは少年に兎に角早く立ち去って欲しかった。
 「もういいからさっさと帰れよ。・・・おまえの顔なんて見たくない」
 ナナリーに危険が及ぶくらいなら、と我慢して告げたルルーシュの言葉に、今度は少年がムッとした表情を浮かべた。
 「何だよ、その言い方・・・こっちは謝りにきたって言ってるだろっ」
 少年の強い口調に、今度はルルーシュがムッとした表情を浮かべる番だった。
 「それが謝りにきた態度か?」
 ふんっと鼻で笑ってみせると、ルルーシュが馬鹿にしたのが伝わったのだろう。少年は目を吊り上げて、怒りの表情を浮かべた。
 「おまえこそ、その態度は何だよっ」
 その言葉を皮切りに、ムッと睨みあって乱暴な口調で罵りあった。もう最初の目的など二人の少年の頭にはなかった。
 「お兄様っ!!」
 「あ・・・」
 人が殴られ床に倒れこむ音が響いて、ナナリーが悲鳴を上げた。その声で我に返った少年が、目の前で横たわる少年の姿と殴った自分の右手を瞳を見開いて見つめた。
 少年の目の前では、車椅子に乗った少女が懸命に兄の傍に寄ろうとしていた。彼女には、兄がどこにいるのか正確な場所も分からないし、車椅子の上からでは、触れることも出来ないのに──。
 「──・・・ごめんっ」
 一言だけ告げると、少年は逃げるように走り去った。
 「・・・最、悪、だ・・・あいつ」
 「お兄様、大丈夫ですか?」
 「大丈夫だよ、ナナリー。このくらい・・・平気だよ」
 身体を起こして、ルルーシュは自分に伸ばされたナナリーの手を安心させるように握り返した。頬に触れられると、昨日殴られた箇所がまだ腫れていることがナナリーに知られてしまう。
 またあの少年は来るのだろうか。ブリタニアと日本の関係を考えれば、ブリタニア皇族である自分達は憎まれても仕方がないのかもしれない。
 けれど──。
 (ナナリーが目と自由に動く足を失ったのもブリタニアのせいだ。母さんが死んだのだって、あの男が──)
 でも、そんなことをあの少年が知る筈もない。知られたくもない。ルルーシュは、年の変わらない少年に簡単に殴られる力の無さが悔しかった。それでも、ナナリーだけは絶対に守ってみせる。
 「本当に大丈夫だよ、ナナリー」
 ナナリーを守れるなら、どんな嘘だって並べてみせる。痛みを我慢して普通の声を出すくらい、何でもないのだから。

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