スザクの姿が室内に見つからず、ブリタニア帝国第二皇子シュナイゼルは首を傾げた。
敗戦国日本の首相の息子である枢木スザクは、現在シュナイゼルが身柄を預かっている。・・・預かっていると言えば聞こえはいいが、ほぼ軟禁状態の人質である。そのスザクが許可無く出て行く筈がない。
「中庭か」
以前、直通エレベータで直ぐに出られる中庭までならば部屋を出ることを許可したことを思い出して、シュナイゼルはエレベータへと踵を返した。
「何をしているんだ?スザク」
「殿下」
背後から声を掛けられて、下を向いて熱心に腕を動かしていたスザクが振り向いた。その額には、既に年末を迎えて冷え込むにも関わらず、汗が滲んでいる。
「お帰りになられていたんですね」
「ああ、先程帰ったばかりだ」
実際、シュナイゼルはまだコートを脱いでもいなかった。
「おかえりなさい」
「・・・・・・ただいま」
いつもスザクに言われる度にシュナイゼルに戸惑いと躊躇いを覚えさせる言葉だが、言わないといつまでもスザクは待ってしまうので(そしてずっと言わなければ悲しそうな顔になる)、最近はなるべく直ぐに答えるようにしている。それでも少しの間が空いてしまうのだが。
「それで、なにをしているんだ?」
「あ・・・・・・。あの、門松を作っているんです」
「カドマツ?」
シュナイゼルが目を向けるとスザクの足元には、斜めに切られる途中の竹があり、スザクの右手には鋸が握られている。恐らく目の前の竹を切っている途中だったのだろう、ということは分かるが、シュナイゼルには”カドマツ”が何か見当も付かなかった。
「その竹と・・・・・・松、で作るのか?」
切りかけの竹だけではなく松の枝も数本置かれていることに気付いて尋ねると、スザクが「はい」と明瞭に頷いて説明を始める。
「斜めに切った竹を3本纏めて、回りに松を刺すんです。そこに置いてある植木鉢みたいなものに飾って、年神さまをお迎えします」
スザクが指差した先には、割った竹がぐるりと囲み縄で縛られた確かに植木鉢のような物がある。既に土が入れられており、とても十歳の子どもが持てるとは思えなかった。けれど、土を掘ったような跡は目に見える範囲にはどこにもない。
「一人で作っていたのか?」
シュナイゼルの問いにスザクの肩がびくりと震えた。
「あの・・・それは・・・」
「誰かと一緒だったのだろう?」
確信を持ったシュナイゼルの問いにスザクが小さく口を開いた。
「・・・・・・庭師のおじさんに、手伝って貰って・・・・・・」
最後の方は尻すぼみになって、シュナイゼルには聞き取れなかったが、恐らくここにある竹や松、そして重い植木鉢を用意したのはその男だろう。だが、この中庭にはシュナイゼルの許可がない限り、誰であれ──それが庭の手入れをする庭師であっても──立ち入ることを禁じている。その”庭師”という男が何の目的でこんなことをしたのか、調べる必要があるだろう。だが、シュナイゼルにそれをスザク言うつもりは毛頭なかった。方針を決めてしまうと、この件については直ぐに興味を失った。
「日本はもう無いというのに、それでもおまえは一人でそんな物を作るのか」
意地悪く言われた言葉にスザクの眉がきゅっと寄り、鋸を持ったままの右手にも力が入る。それを確認して、シュナイゼルは口角をあげて笑う。
「日本は──無くなってなんていません。名前はもうないけれど、でも・・・・・・」
「神はまだいるとでも?この国を守れもしなかったというのに、おまえはそれをまだ信じ続けるのか?」
”守れなかった”という言葉にスザクの顔が歪んだ。それは神などではなく、父親の事を思い出したからだろう。
(私は、話すたびにスザクにこんな顔ばかりをさせているな)
『苛めてばかりじゃ、懐かれないのも当然だと思いますけど〜?そもそも、懐かれようとすること自体、貴方の立場を考えたら、とおぉっても!図々しいですねぇ。』
故国にいる悪友の言葉がシュナイゼルの脳裏を過ぎる。それでもいつも止まらない。
「こんな物を作って何になる?迎えるべき神など、もういないだろう」
こんな言葉を投げつけても、この枢木スザクという少年は、強い視線を常に自分に向けるのだ。
「それでも僕はいつもと同じように・・・作りたいんです。ちゃんと、お迎えしたい。きっと来てくれます」
「──・・・そうか」
そんな反応をスザクが返すから、シュナイゼルは何度でも繰り返してしまう。珍しい悪友の忠告も役に立たないまま。
鋸を握り直し、スザクは一心に懸命に竹を再び切り始める。その背中はとても小さかった。
End