迎える神の行方 Ex.

 「寒いですから、殿下は部屋にお戻りください」
 「おまえはどうするつもりだ?」
 「門松を作ったら、部屋に戻ります。──お約束します」
 わざわざ口にしなくても、スザクが戻る場所はあの部屋しかない。
 「私はコートを着ているから平気だ。おまえこそ寒いだろう」
 「僕、ですか?さっきまで動いていたから僕は大丈夫です」
 頬も手も赤くして、寒さを感じていない筈がない。ましてそろそろ夕暮れだ。
 手袋を外し、シュナイゼルはスザクの頬に手を伸ばした。予想通り、スザクの柔らかな頬は、冷気をシュナイゼルに伝えた。
 「こんなに冷たくしていては、説得力がないな。そろそろ日も暮れる。明日にしたらいいだろう」
 「すみません、それは駄目なんです。門松は31日に飾っちゃ駄目なんです」
 「何故?」
 「一日しか飾らないと、神様を疎かにしてしまうことになるからって・・・言われました」
 だからと言って、スザクが身体をこんなに冷やすことはないだろうに。注文の多い神だ。
 「もう少しで終わりますし、この位なら平気です」
 でも、殿下が風邪をひいてはいけませんから、殿下はお戻りください。そう言ってスザクは竹をまた切り始める。けれど、スザクの力では鋸の刃はほんの少しずつしか進まない。
 「おまえの力では中々進まないだろう。・・・・・・手伝おう、か」
 「殿下が!?」
 大きく目を瞠ってスザクが素っ頓狂な声をあげた。
 「私だって、鋸くらいは扱える」
 シュナイゼルに、実際に鋸を使った経験など勿論無い。だが、あんな原始的な道具なら使えるだろう、というシュナイゼルの考えはスザクにあっさりと否定された。
 「駄目ですよ。もし殿下が怪我をされたら大変です」
 「怪我をするとは限らないだろう」
 「・・・・・・それじゃあ・・・殿下は鋸を使われたことがありますか?」
 「それは・・・無いが」
 「それじゃあ、やっぱり駄目です。後半分ですし、本当に大丈夫です。でも・・・心配して下さってありがとうございました」
 密かに少し落ち込んだシュナイゼルに気付かないスザクは、また竹を切り始める。結局シュナイゼルが手を出せないまま、竹は二つに分かれた。それをもう一つ既に斜めの切り口を見せていた竹と合わせて、植木鉢のようなものの上に乗せ、縄で縛ろうとするが、縄を持つと竹が倒れ、竹を持つと縄を結べず上手く行かなかった。
 「スザク、その竹を誰かが押さえていないと難しいだろう」
 そう言って手を伸ばしたシュナイゼルに、スザクが驚いた声を上げて、シュナイゼルの手を遮った。
 「だ・・・駄目です。棘が刺さったらどうするんですか」
 「幾ら何でも竹を持つくらいは大丈夫だ」
 「いいえ。竹の棘は刺さったら凄く痛いんです。殿下は手を出さないでください」
 更に少し落ち込んだシュナイゼルに、やはり気付かないスザクは、竹を地面に横倒しにして器用に竹を縄で縛った。三本の竹を載せ、松の枝を周囲に刺して門松は完成した。
 「出来た・・・」
 満足そうに呟いて、スザクに笑顔が零れた。
 「なら、もういいだろう。部屋に戻るぞ」
 「あ、はい・・・・・・」
 頷いたものの、スザクは動こうとしない。
 「どうしたスザク、戻るぞ」
 シュナイゼルの言葉にスザクが困ったように門松を見つめた。
 「あの・・・門松は家の門の前に立てるんですけど・・・部屋の前に置いても、良いですか?」
 「それは構わないが・・・」
 スザクの力では到底門松を運ぶことは出来ないだろう。
 「どうやってそれを運ぶつもりだ?」
 「え?」
 シュナイゼルに言われて、とても自分には運べないと初めて気付いたのか、スザクがおろおろと門松とシュナイゼルを交互に見た。
 そんなスザクの姿を見て、シュナイゼルはにやりと人の悪い笑みを浮かべた。スザクにも分かるように。
 「スザク、私に何か頼みたいのではないか?」
 「う・・・・・・。でも・・・」
 「いいのか、このままで。お迎えをするのではなかったのか」
 「ううう・・・」
 「スザク?」
 「う・・・。あの・・・シュナイゼル殿下・・・」
 「何だ?」
 「門松を・・・部屋まで運んでくれませんか?」
 「いいだろう。但し一つ条件がある」
 「僕に出来ることでしたら・・・」
 笑顔のシュナイゼル、というのは怖い。シュナイゼルの言葉にスザクは内心は随分ドキドキしながら、条件を言われるのを待った。
 「そうだな・・・今夜は私の抱き枕になって貰おうか」
 「そんなことで・・・良いんですか?」
 抱き枕を「そんなこと」と言ってのけるスザクに、シュナイゼルは少々複雑な想いを抱くが、億尾にも出さずに頷く。
 「今日も冷え込みそうだからな」
 「分かりました。僕でよろしければ」
 多少の引っかかりはあるものの、今夜の安眠を確保できたことにシュナイゼルは満足して、約束通り門松を左腕に抱えた。そして右手はスザクの左手を握って歩き出す。
 「殿下の手が汚れてしまいます」
 「カドマツを抱えているんだ、今更だろう。ああ、鋸はそこへ置いておけ。後で片付けさせる」
 慌てて振りほどこうとしたスザクの手をしっかりと握りこんで、シュナイゼルは部屋へと戻った。
 そうして小さな門松が1月7日まで飾られ続けた。


End

2006.12.30

30日深夜を通り越して明け方が近くたって気にしません。
気にしませんとも!