「父親のことを、言われたのか?スザク」
シュナイゼルのこの言葉を聞いた瞬間、それまで何の意思も感じられなかった瞳に、初めて明確な意思が浮かんだ。
明白な、恐怖──が。
「とう・・・さ、ん・・・」
小さく呟いた後、スザクの身体が小刻みに震え出した。そして──
「父さん・・・ごめんなさい、ごめんなさい。僕は、僕は、俺はそんなつもりじゃ・・・ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい父さんごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「スザクっ」
涙を流すことも出来ずに謝罪を繰り返すスザクの身体を、咄嗟に引き寄せてシュナイゼルはきつく抱きしめた。シュナイゼルの身体に押し付けられてくぐもった声で、それでもスザクの父親への謝罪は続いた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさっ──んっ・・・・・・」
突然口を覆われて、スザクの言葉は途切れた。ん〜っんっと苦しそうな吐息を漏らして、シュナイゼルの胸を数度叩いた。けれど、スザクの抵抗が収まるまで、シュナイゼルは唇を離そうとはしなかった。
「で・・・殿下、なんでいきなり、こんなことっ──」
漸く解放されたスザクが顔を真っ赤にして、息も絶え絶えに抗議の声をあげた。そのスザクの姿にシュナイゼルは笑って返した。
「やっと、私を見たな、スザク」
「──っ!!」
「我ながら随分古典的な方法だと思ったが、なかなか有効なようだ。覚えておこう」
「〜〜っ・・・」
もはや二の句も告げられずに、スザクは項垂れた。
「顔を上げろ、スザク」
だが、シュナイゼルにそう命じられては顔を上げない訳にはいかない。まだ恥かしさは残っていたがスザクはゆっくりと顔を上げた。その先にはスザクをからかうシュナイゼルの姿はもう無かった。ゆっくりと自分の頬に伸ばされるシュナイゼルの白い手を、スザクは呆然と見つめた。
「ゼロに何を言われたのかは知らないが──おまえは、自分で今いるこの場所を選んだ、違うか?」
「違い、ません」
「なら覚えているだろう。お前が何故この場所を選んだのか、この道を選んだのか。忘れられる筈などないから、忘れろなどと無駄なことは私は言わない。だが──」
「少しは自分を許せ、枢木スザク」
「──っ・・・」
告げられたシュナイゼルの言葉にスザクの瞳が潤む。けれど、決して涙を流そうとはしない。涙を流すことで過去を洗い流すことを恐れるかのように。
こんな風に言ったとしても、スザクが自分自身を許すことなどないとシュナイゼルは知っている。あれ程に謝罪を繰り返さずにはいられないのに。スザクは、謝罪をする、許しを求める自分自身ですら許せないのだろう。そんなことが出来るほどスザクが器用な人間だったなら、そもそもこんな風に苦しむこともなければ、ランスロットのデヴァイサーになるような今の道を選んではいなかった。
だからこそ、シュナイゼルはスザクを捉えていられる。
「そんなことは出来ません」
ああ、やはり。おまえはいつだって変わらない。スザクの翠の瞳に徐々に明確な意思の光が見え始めていた。
「頑固だな」
「でも、これが自分です」
優しくされたなら、却ってその手をやんわりと拒む。スザクの行動は、シュナイゼルの思惑の内に入っている。その身体も心もシュナイゼルの手の内に捉えられている筈。なのに──。
「どうして私は池に映る月を目の前にしているような気分になるのだろうな」
「?殿下?仰っている意味がよく分からないのですが──」
「ああ、気にするな。さて、そろそろ出ないとロイドがいい加減痺れを切らすな」
「そう言えば、どうして殿下がここにいらっしゃるんですか?」
この子どもは・・・・・・今更それを尋ねるのか。
「サミットから本国に帰る途中の休暇だ。嚮導技術部をエリア11に派遣してから一度も来ていなかったからな、この機会に視察をしようとしたのだが」
「すみません、ランスロットは今整備中、ですよね」
シュナイゼルの言葉をあっさり信じて謝ったりする。今の遣り取りをロイドに聞かれたなら、さぞ笑われるだろう。
「それは構わない。だが、おまえは今世界で唯一のランスロットのデヴァイサーだ。そのおまえが動けないとなれば、ランスロットもまたその機能をほぼ停止する。おまえの代わりはいない。──それを忘れるな」
「はい。色々申し訳ありませんでした。殿下にまでご足労頂いてしまって」
シュナイゼルは溜息を吐きたくなって、ふと一つ悪いことを思いつく。ロイドにはこんな状態のスザクを苛めるつもりはないと言ったが、わざわざ足を運んだ労は報われてもいいだろう。
「悪いと、思っているのか?」
「え・・・はい。それは・・・」
思ってますけど、と答えるスザクの声が戸惑いを帯びている。シュナイゼルの声調の変化に気付いたのだろう。相変わらず感が良い。
「ならば謝罪の証を貰おうか」
「証──ですか?でも、あの何をすれば」
いいのですか、というスザクの言葉は唐突に途切れた。スザクの額に掛かる髪を手で避けて、シュナイゼルの唇が触れたからだ。顔を再び真っ赤にするだけで何も反応できないスザクの両肩をシュナイゼルの両手が押してその身を布団に横たえて、掛け布団を引き上げてやる。まだおろおろしているばかりのスザクの耳に唇を寄せて、そっと囁く。
「おやすみ、スザク」
「〜〜っおやすみなさい、殿下・・・」
更に赤くなったスザクの顔にシュナイゼルは満足げに笑った。
Next