スザクは病室のベッドの上に身体を起こし、静かに座っていた。
一見して特に大きな問題があるようには見えない。ただ、スザクの翠の瞳には力がなく何の光も感じられなかった。いつだって強い意志を秘めて真っ直ぐに自分を射抜くその眼差しだけが喪われていた。
「席を外してくれないか、ロイド」
「え、ですが・・・」
「心配しなくてもこんな状態のスザクを苛めはしない」
シュナイゼルの言葉にロイドは「分〜かりま〜し〜た〜」と頷いた。しぶしぶだ、というニュアンスをたっぷり込めて。どちらにしろ、シュナイゼルに命じられたらロイドは従わざるを得ないのだ。
「その代わりあまり時間はあげられないですよ〜」
「分かっている。どちらにしろ、私は今夜にはここを発たねばならない」
「それじゃあ、邪魔者は消えますよ〜一応」
ロイドが静かに病室のドアを閉じるのを確認してから、シュナイゼルは小さく笑った。
「案外おまえのことを気に入っているらしいな、ロイドも」
「そう・・・ですか」
スザクの言葉には何の感情も込められていなかった。ただ条件反射で言葉を返しているだけだ。その姿に、自身の内心に激しい怒りが湧くのを自覚する。
スザクはゼロを捕獲する寸前だったという。その連絡が入った時のスザクに特に異常は見られなかった。それが数分後には突如暴走を始めた。機体と制御システムの履歴を徹底的に解析した結果、それ以前の戦闘による機体の損傷以外、ランスロットに不具合は何一つ見つからなかった。
そして、デヴァイサーである枢木スザクの精神だけが壊されていた。
──外界認識は出来ているようです。僕らが話しかければ、一応それが誰なのかは認識してる。でも・・・話が噛み合わない。条件反射で言葉は返ってくるけど、殆ど話している言葉の意味を認識していない。何より、あのスザク君がこちらに決して目を合わせない。
──スザク君のあの様子は、何かに怯えているような・・・。
──医者が言うには、何か罪の意識に囚われているのではないか、と。それ故に怯えているのではないか、と。
ロイドの説明を聞きながら、一つ確信したことがあった。スザクは、過去を引きずり出されたのだ。それも酷く残酷な方法で。
スザクは決して過去の全てを乗り越えきった訳ではない。けれど、それらを飲んで、それでも自分が信じる道を、自分が決めた道を歩む覚悟はしていた筈だった。癒されることも、忘れることも、許されることもない過去の傷は、もう表だってスザクを苛んではいない筈だった。
「スザク、久しぶりに会ったのに、私に顔も見せないつもりか」
「すみ、ません」
ゆっくりと自分に顔を向けたスザクの瞳は、自分を捕らえてはいなかった。どこか別の場所を見つめるかのように、遠くに視線が行っている。
「お久しぶりです、殿下」
「挨拶は相手の目をみてするものではないのか?」
「・・・すみません」
力のない返事だった。埒が明かない。ロイドが知れば怒るだろうが、ショック療法でも試すしかなさそうだった。休暇というのは本当だが、単なる移動時間分の休暇だ。無理矢理経由地を変更して立ち寄っている身では、これ以上滞在を伸ばせない。まだスザクに使い物にならなくなられては困るのだ。ランスロットのデヴァイサーとしても、枢木スザクとしても。
だから、どれほど残酷であろうとシュナイゼルは次の言葉を躊躇わなかった。
「父親のことを、言われたのか?スザク」
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