病室の中は随分薄暗くなっていた。そういえばもう夕方なのだ、とルルーシュは今更時間を思い出す。どんな配慮がされたのか、個室に一人眠るスザクは、今は穏やかな表情で眠っていた。
その姿を見て安堵すると同時に、額に幾重にも巻かれた白い包帯に胸が軋む。
──私達を庇って、スザクさんは下敷きになったんです──
妹の辛そうな言葉を思い出す。話しながらその時の光景──いや、ナナリーは目が見えないのだからその時の音声か──を思い出したのか、表情が悲しそうに歪んだ。
アッシュフォード学園は、来週にクラス対抗のスポーツ大会を控えてその準備、練習に全生徒が追われていた。ミレイの発案による突発的な企画ではなく、正式な学校行事である。生徒会役員も、競技毎の練習場所の確保、各練習場の利用順の整理や監視などを一手に引き受けて、その業務に忙殺される日々が続いていた。
──バレーボールのネットを張っていた時、壁に立て掛けていた支柱が私達の方に倒れてきて──
──その下敷きになったっていうのか!?
その場には、ナナリーとナナリーの車椅子を押してニーナが居たのだという。二人が唇を噛締めて黙って頷く。
──バレーボールの支柱って・・・鉄製じゃないか。そんなものが──
スザクは忘れられていた書類を届ける為にその場に現れて、咄嗟に二人を庇って倒れたのだという。
──危ないから、下に倒して置くように言っていたのに──
悔しそうに辛そうにニーナが呟いた。ふとその手に紙束が握られていることに気付く。紅い染みが白い書面に幾つも散っているのが見えた。
──ニーナ、それは?──
──これ・・・これは・・・スザク、君が私達に届けにきた書類・・・──
強張った指ですっかり皺が出来た書類はもう使えないだろう。それ以前に紅い染みは間違いなくスザクの血だ。そんな書類が使えないことは分かっているのに、ニーナはその書類を捨てることも出来ずにずっと強く握り締めていた。
彼女自身にもその理由がよく分からないまま──
──ニーナ、それ俺が捨てておくよ。もう、使えないだろ?
ルルーシュは出来るだけ穏やかな表情を浮かべて、そんなニーナに手を差し出した。少し戸惑った後、ニーナは黙って血に汚れた書類をルルーシュに手渡した。
今、ルルーシュの手にはその時の書類が握られている。この為にスザクは事故に巻き込まれたのだ。けれど、スザクが現れなかったらどうなっていたか──。今この場で眠るのはスザクではなく、ナナリーとニーナだっただろう。普段軍人として身体を鍛えていたからか、スザクの怪我は額を切ったことと、幾つかの打撲程度で済んでいる。(医者は鉄柱をまともに受けてよく骨折せずに済んだものだと驚いていたらしい)今眠っているのは、額を切って血を大量に流してしまったから念のために、であって、明日には退院出来るらしい。
──額は少しの傷でも、血が沢山でるものなんだ。大丈夫、あれなら傷跡も残らないよ。
ナナリーを守ってくれたことには、幾ら感謝しても足りない。けれど。
──スザクさんが、無事で本当に良かったです。もし何かあったら、私──
それ以上言葉を続けられずにナナリーは声を詰まらせた。
自分の身が無事であっても、その為にスザクが大怪我をしたとなれば、ナナリーが悲しまない筈がない。ルルーシュが心配しない筈がないのだ。
「どうして、そんな簡単なことが分からないんだ」
自分達が軍に身を置くスザクの身を案じていることは、スザク自身も知っているだろう。けれど、その心配の意味なんてスザクは全然分かっていないのだ。
いつだって人のことばかり。人の為なら自分の身でさえ平気で犠牲にする。そしてその対象を選ぶこともない。あの場にいたのが女性でないルルーシュやリヴァルであっても、たとえスザクに嫌がらせをしている生徒であっても、スザクは刹那も迷うことなく同じ行動を取っただろう。
スザクに言いたいことは沢山ある。けれど、今ルルーシュが伝えたいこと、願うことは唯一つだった。
「早く元気になってくれ」
眠るスザクの手にそっと口付けを落として、ルルーシュは静かに祈った。
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