寒々しい立ち木ばかりの並木道の向こうには、小さな四阿がある。まだ冬が来る前に、スザク、ナナリー、そしてルルーシュの三人だけで昼食を食べた場所だ。きっとそこに居るのだろう、とロイドの言葉をヒントに思いついたルルーシュは全速力で駈けた。それはもう息が切れるのもお構いなしに。何しろ残り十分を切っている。だが・・・あとはこの橋を渡れば、という所でルルーシュは心底困り果ててしまった。
「ふふふ。お兄様、ここから先へは簡単にはお通ししませんよ」
ルルーシュ・ランペルージの数少ない、しかし決定的な弱点である妹のナナリー・ランペルージが堂々立ち塞がっていたのである。
「ナナリーが・・・なんでこんなところに?寒いのにそんなに薄着で駄目じゃないか」
「・・・お兄様。どう考えても、これは薄着ではないと思います」
半ばマフラーとニット帽子で埋もれた顔を上げてナナリーが答える。体は本人の三倍くらい着膨れしているのだが、妹命のルルーシュには薄着に見えるらしい。
(常々思っていることですけれど、お兄様は少々・・・いえかなり私に関して視野が狭いようですわ)
心配故だと分かっているので、ルルーシュ本人には決して言わないが、ナナリーはこっそり溜息をつく。
「それはこの際置いておきます。お兄様のお考えの通り、スザクさんはこの橋を渡った先の四阿にいらっしゃいます」
「やっぱりそうか・・・でも、なんでナナリーがここで立ちふさがっているんだ?」
「会長さんに頼まれました」
(おのれ会長っ・・・さては、プレゼントなど初めから渡す気はないなっ)
歯軋りしたとて、ルルーシュに幅一メートル余りの橋の上にいるナナリーを押しのけて進める訳もない。確かにルルーシュを止めるにはこれ以上ない人選である。
「簡単に上手くいっちゃったら、萌えないのよねーと仰っていましたわ」
「・・・・・・・・・・・・」
(ナナリーに変なことを吹き込むなぁぁぁぁ)
立ち往生している間にも時間は刻一刻と確実減っていく。
(ああ、どうすればいい?どうやってナナリーにこの道を空けて貰うか・・・)
橋の長さは二メートル強、三メートルも無い。何も橋を渡らずとも、十分飛び越えることは可能な距離なのだが、今のルルーシュは全く思いつかない。だが、そのことにナナリーは当然気付いている。
(ああ、もう本当にお兄様は・・・。私とスザクさんのことになると、周りが見えなくなってしまわれて・・・)
これで大丈夫なのかしら?とナナリーは少々不安になってしまう。勿論、最終的には全幅の信頼を置いているナナリーだが、もう少し周りを見渡す余裕を兄には持って欲しいのだ。
(そしてスザクさんにも)
二人とも、どこか生き急いでいて危うい感じが付き纏って離れない。大事な人達なのに、彼らの手助けは私にはできないから──。
(なのに、どうしてお兄様は、妹馬鹿でスザクさん馬鹿なのかしら)
その癖スザクに対して、今一歩を踏み出せないのだ。スザクに少しでも近づく者に対しては、即座に過剰な対応をするというのに。
(やはりお兄様には、「へたれ」の称号を差し上げますわ)
ナナリーの心の中で立派な「へたれ」認定をされていることなど知る由もなく、ルルーシュは「ナナリー、そこをどいてくれないか?」などと控えめにお願いしている。
「お兄様。ここを通りたければ、質問に答えて頂きます」
「質問?」
「その答えが納得できればお通ししますけれど、答えによっては・・・お通し致しません」
「え゛っ・・・」
通さないかもしれない可能性を告げられた絶句するルルーシュに、ナナリーはにっこりと笑顔を向ける。
「大丈夫ですわ。お兄様ならきっと私が満足できる答えを出せます。そうでなければスザクさんはお渡しできません」
「・・・分かった。質問を聞くよ、ナナリー」
兄の答えにナナリーはにっこり笑った。
「それでは最初の質問です。お兄様、会長さんのプレゼントの時に、スザクさんの初めての何を貰うつもりでしたの?」
「うぐっ・・・」
「どうかなさいましたの?お兄様?」
(な・・・なんでよりにもよって、そんな質問なんだっ)
まさか妄想の中身をナナリーに話す訳にもいかない。そんなことをすれば、永遠にナナリーはルルーシュを避けるだろう。いや、避けるだけで済めばまだ良い方かもしれない。
「ナナリー、因みにその質問は誰が考えたんだ?」
「会長さんです」
(やはりか・・・っ)
会長の高笑いの幻聴が聞こえそうだった。これはどう考えても、会長の勝ちである。
「ええと・・・その・・・キス、でもして貰えたらなぁ・・・って。ほら、最近生徒会の業務だって真面目に頑張っているし・・・ご褒美にって・・・・・・」
く・・・苦しい。我ながら苦しい。しかも、一応大丈夫な範囲にしたけれど、それでも下心バリバリだ。
「ああ・・・私がアーサーの騒動の時にしたようなものですね。・・・スザクさんは照れ屋さんなところがありますからきっと凄く恥かしがりますね」
ルルーシュの予想に反してナナリーの反応は好意的で、ほっと胸を撫で下ろす。
(時間があれば色々聞いてみたいのですけれど・・・ここで時間切れになってしまっては、お兄様が可愛そうですし)
残り五分を切ったかくれんぼの時間を確認して、ナナリーは最後の質問に移る。
「それでは次の質問で最後です。ちゃんと答えてくださいね」
「勿論だ。ナナリーの質問にちゃんと答えない筈ないだろう?」
最初の質問を誤魔化したことは、既にルルーシュの中では綺麗さっぱり抜け落ちている。
「それではお聞きします。お兄様は・・・スザクさんのことをどう思ってらっしゃいますか?」
「・・・・・・!!」
ナナリーは真剣な顔をしていた。スザクはナナリーにとっても、大事な人間だ。もしスザクを傷つける存在がいたなら、兄であるルルーシュであっても許さないだろう。
ルルーシュはナナリーを真っ直ぐに見つめた。目の見えないナナリーだが、ルルーシュの真剣さを、目で見るよりも敏感に感じているだろうと、ルルーシュは確信している。
「・・・好きだよ。ナナリーとは違うけれど、でも同じ位大事な人だ」
「随分、ストレートに言うんですね。お兄様」
少しからかいの混じったナナリーの言葉に、肩を竦めてルルーシュは答える。
「だって、ナナリーはとっくに知っていただろう、そんなこと」
「そうでした」
くすくすと楽しそうに笑って、ナナリーは橋を明け渡した。
「さ、お兄様。スザクさんのところに行ってください。あと三分ですけれど、お兄様の足でも走れば間に合います」
一部引っかかる表現があったものの、素直にルルーシュは橋を渡る。
「ナナリー、気をつけて帰るんだぞ」
「はい。後で会長さん達が迎えに来てくださることになっていますから、大丈夫です」
ナナリーの言葉に安心したルルーシュは、今度こそスザクの元に走る。そのルルーシュの背にナナリーの言葉が降りかかる。
「あ、お兄様ー。スザクさんから貰うのはキスまでですからねー」
それ以上は駄目ですよ〜。
ずべしゃっと派手な音がしたが、優しい妹らしくナナリーは聞こえなかったふりをした。
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