「・・・ここにもいないか」
屋上に出て周囲を見渡すが、そこには誰もいなかった。まあ、スザクが転校してきて最初に二人きりで話した場所だ。こんな分かりやすい場所には、さすがにいないだろう。だが、裏をかいてここにいる可能性も捨てきれない。一応見ておこう、とルルーシュは屋上まで上ったのだが、結果は予想通りだった。
因みに、屋上に来る間も、スザク狙いの男子生徒(ルルーシュ認定)を退けた後で、何人か現れた勇者達を葬り去るか、買収するかして悉く退けている。男子生徒買収のネタは、主に生徒会女子の猫耳猫尻尾の写真である。
(アーサーの歓迎会のお陰だな。しかし、世の男どもは実に単純だな)
ルルーシュは「写真が欲しくないか?」と持ちかけただけで、土下座してでも手に入れたい!という勢いで懇願していた男子生徒達の姿を思い出す。もしスザクの写真をチラつかされたなら、実際に表に出る態度はどうであれ、自分も同じ心情になるであろうに、そんなことは勿論棚上げである。
「・・・保健室に行ってみるか」
病人でも怪我人でもないスザクが行っても、普段なら追い返されるだろうが、あの放送は学校中に流れており、当然保険医にも聞こえている。となれば、同情して匿う可能性もあるだろう。ベッドに寝てしまえば、まさかカーテンを開けて確認する訳にもいかない。そう考えると、一時間程度隠れる場所としては有り得そうな気がしたルルーシュは、一路保健室に向かった。
「いらっしゃ〜い」
某新婚さんを迎える番組の司会者ではない。
「誰だ、おまえは」
テンションの高い挨拶で出迎えられたルルーシュは、不機嫌に誰何の声を上げた。銀髪に薄い水色の瞳の上には細い眼鏡。真っ白な足首までを覆う服を着ているが、医師が着用する白衣とは違うものである。いつもの保険医と異なる人間が、悠然と回転椅子に腰掛けていた上に、先の挨拶である。ルルーシュでなくても、尋ねずにはいられなかっただろう。・・・スザクを除いて。
「駄目だねぇ〜。人に名前を聞くときは自分から名乗りなさい、って習わなかった〜?」
(何だこいつは!?)
にこにこと笑って自分のペースで進む相手にいらいらが募るルルーシュだが、ここは冷静にならなければ、と自分の名を告げる。
「ルルーシュ・ランペルージだ」
「はい。よく出来ました。僕はロイド・アスブルンドだよ。よろしくね。そっか〜君がスザク君の友達のルルーシュ君か〜」
そう言って、自分の姿を上から下まで観察するように見回す男の視線は気に入らないが、その視線よりも、ロイドと名乗った男の言葉の方がルルーシュには聞き捨てならなかった。
「ちょっと待て。貴様、何故スザクを知っている!?」
「そりゃ〜知ってるよ。彼は僕の部下だからねぇ〜」
(何だって!?と言うことは、軍の人間か。・・・だが、何故軍の人間がこんな所にいるんだ?)
「スザクの上司の方ですか。・・・それで、軍の方が何故こんな場所に居るのですか?」
(うわ〜急に態度が変わったねぇ。分かりやすい子だなぁ)
この子も面白そうだなぁ、とロイドはルルーシュには絶対に聞かせられない感想を抱く。
「そりゃ〜勿論、学校でのスザク君の様子を知りたくってねぇ」
「はあ・・・そうですか。でも、こんな所にいて、お仕事は大丈夫なのですか?」
(そんな理由で軍の人間がこんな所にいる訳ないだろうがっ)
と言いたいが、スザクの上司、スザクの上司と言い聞かせて、ルルーシュは必死に我慢する。ここで下手に不興を買って、スザクに迷惑がかかるようなことだけは避けなければならない。
「ああ、それは大丈夫だよ〜。スザク君の様子を見てくるって言ったら、皆笑顔で送り出してくれたよ〜」
本当は皆、自分も行きたいって言ったんだけどね〜全員居なくなったら、仕事止まっちゃうし、大勢で押しかけたら迷惑だろうから、って僕が代表で来たんだよ。
(おまえ一人で十分迷惑だっ)
にこにこと笑顔を浮かべたままのロイドに言ってやりたい。言ってやりたいが、スザクに迷惑が──(以下略)。念仏のように唱えて、ルルーシュは何とか衝動を抑える。疲れる、この相手は物凄く疲れる。それにしても、スザクは一体どういう職場で働いているんだ。
「ところで、君はスザク君を探しているんだよね?」
「そうですが、それが何か?」
聞き返しながら、スザクの上司ならばスザクを匿う可能性は十分にあることに気付く。
「う〜ん、欲しいものがあるんだよね」
「欲しいもの?」
「そう。欲しいもの。君の一日絶対服従権利、だっけ?それはいらないんだけど、僕の欲しいものを君なら用意できる筈だからね」
「・・・・・・」
何だこいつは?だが、どんなに害の無さそうな顔で笑っていても軍関係者なのだ。油断はならない、と身構えるルルーシュだが、ロイドの方はそんなルルーシュの態度に頓着した様子はない。
「ね、ね、ね、気にならない?何が欲しいのか」
「いえ・・・別に」
「つ〜まんない反応だなぁ。ま、いいや。前に、猫のアーサーの歓迎会っていうのをやったでしょ?」
「はあ」
(スザクは一体何を話しているんだっ)
「その時のスザク君の写真、君なら当然持ってるでしょ?それを貰いにきたんだ。スザク君は「自分は持っていません」って言い張って持って来てくれないんだよね〜」
「・・・・・・まさか、その為にこんな所まできたのですか?」
(スザクが写真を渡さないのも当然だ。こんな奴に、あの可愛い萌全開の写真などやれるものかっ)
「いや〜ここへ来たのはスザク君の様子を見る為。で、来たら面白いことやってたから便乗させて貰おうかなぁ〜と思って」
「申し訳ありませんが、スザクが渡そうとしないものを僕が勝手に貴方に差し上げる訳にはいきません」
「勿論、タダでとは言わないよ。・・・君、スザク君の軍服姿の写真は欲しくない?」
(なっ・・・なに!?そんな物を持っているのか!?欲しい、欲しいに決まっている。全力で欲しい!)
まだルルーシュのスザクアルバムの中にも、軍服姿のスザクは入っていないのだ。
(だからと言って、こんな奴にスザクの猫コス写真を渡す訳にはっ・・・いっそギアスを使って奪うか・・・ってこんなことに一人に一度しか使えないギアスを使ってどうする!?では軍服スザクを諦めるか?いや、それは出来ない。何としても欲しい・・・くそっどうすれば)
「なんか色々考えてるようだけどさ〜。時間、いいの?スザク君を捕まえるの一時間以内じゃなかった?あと十五分だよ〜〜」
「えっ」
ルルーシュが時計を確認すれば、確かにいつの間にか残り十五分・・・いや正確にはすでに十四分三十五秒だ。
(こんな訳の分からない奴に関わったせいだ!)
「時間も無いみたいだし、早く決めてくれないかなぁ〜僕もそろそろ戻らないといけないし〜〜」
(ああ、そうだ。早く決めなければ・・・ああ、どうする?どうする俺!?)
「仕方ないなぁ〜忘れてるみたいだけど、僕はスザク君の上司なんだよ、軍の。どういうことか分かるよね〜」
ご丁寧に「スザク君なら、やっぱり猫より犬かなぁ〜」などと独り言も追加される。
「取引に応じましょう」
「そお〜こなくっちゃ。写真はスザク君に渡して貰えればいいから」
「そちらからは?」
「こっちもスザク君に渡して貰うよ。心配ならスザク君に交換で渡すようにとでも言っておけばいいよ」
「なるほど。では、それで。明日には用意できるでしょう」
にやり、と笑って「それでは僕はこれで」と立ち去ろうとしたルルーシュをロイドが引き止める。
「まだ何か?」
「ん?青少年にサ〜ビスだよ。スザク君ならあっちの並木の方に歩いていくのを見たよ」
そう言ってロイドが指差した先には、保健室の窓の向こうに広がる落葉樹の並木道。冬の今は殆ど葉も落ち、寒々しく枝を晒して整然とならんでいる。
(本当か?この寒い中、外に出て行ったと?)
「分かりました。ありがとうございます」
疑ったルルーシュだが、あることに気付いて礼を言ってから、急いで保健室を退室した。
「いや〜青春だねぇ」
保健室には、ロイドの年寄りくさい台詞だけが残された。
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