「さて・・・スザクはどこに逃げたか」
教室を出たものの、スザクのように走ることはせず、ルルーシュは腕組みをしながら考える。体力馬鹿のスザクを相手にして、ここで無駄に体力を削るような真似をするつもりは、ルルーシュにはない。
「特別教室はスザクも知っているが、まだ授業を終えたばかりの生徒達がいる筈だ」
それ以前に、スザクが大勢生徒が居る場所や人が来る可能性が高い場所に隠れるとは考えにくい。かくれんぼは一人で隠れるものだし、それに・・・スザクは名誉ブリタニア人だ。知っている人間が一人もいない中、ブリタニア人の生徒達と出会う場所を選ぶとは考えられない。
「ああ、もう。今はそれは考えるな」
くそっ折角の誕生日プレゼントだぞ。改めてスザクが隠れそうな場所の心当たりについて、脳内検索を掛けようとしたルルーシュに、声が掛けられる。
「嬉しそうに百面相してんじゃねぇよ。ルルーシュ・ランペルージ」
明らかに悪意の含まれた声に、不機嫌を隠そうともせずに、ルルーシュは振り返った。
「なんだ貴様は?」
ルルーシュの視線の強さに怯んだのか、声を掛けた男子生徒は「うっ」と詰まったまま次の言葉が出てこない。
「ふん、用がないなら俺は行くぞ」
少し睨まれた程度で怯むなら、最初から声など掛けるな。こんな人間のせいで、スザクが肩身の狭い思いをしてしまうのかと考えると、ふつふつと怒りが湧いてくる。しかし、今ここでそんなことに関わる訳にはいかないのだ。スザクを探している目的を思い出したルルーシュの顔は、途端に脂下がってしまう。
(ああ〜スザクの初めてか・・・ふふふふふふ・・・)
ルルーシュをよく知るリヴァル達でさえ、もしこの場にいたなら、あまりにもしまりの無い顔に、本気で引いていただろう。そして、それはまだ廊下に立ちつくていた男子生徒も同じだった。
「よりにもよってイレヴンの男相手に、気持ちの悪い顔すんなよな。・・・そりゃ、確かにあの男は童顔で可愛いけど」
・・・ん?
前半の言葉にさすがに何か言ってやらねば気が治まらないと思ったルルーシュだったが、後半の言葉に首を傾げる。
(ちょっと待て。今、この男は何と言った?)
発言者の男子生徒もあれ?という顔をしている。
「おまえ・・・・・・今、スザクが可愛いとか言わなかったか?」
「い・・・いいい言ってない!そんなこと言ってない。何か犬っぽいとか思ってない!」
地獄の底から響くようなルルーシュの声に慌てて、更なる墓穴を掘っている。
「ほお・・・犬っぽくて童顔で可愛いとか思っているのか」
(俺に絡んできたのも、スザク狙い故か──!ふっ・・・だが・・・こいつ程度なら何の問題もないな)
背はあまり高くなく、太めの体型、小さな目が乗った顔はお世辞にも美形とは言えない。確かに100人に聞けば99人はルルーシュの方が美形だと答えるだろう。
(だがスザク狙いの男を野放しにしておく訳にはいかないな)
「なっ・・・俺がイレヴンなんかを・・・しかも男を可愛いとか思うわけないだろっ」
「自分で言ったのだろうが・・・まあ、確かにスザクは可愛いけどな。制服もよく似合っているし・・・はっ、まさかスザクの制服姿を見て一目惚れしたとか言うんじゃないだろうなっ」
目を吊り上げたルルーシュに、詰め寄られた男子生徒は慌てて否定する。彼にしてみれば全く言いがかりだった。何だかうっかり口を滑らせてしまった言葉を真に受けられた上に、生徒会副会長に目を付けられるのは嬉しくない。しかし、慌てた彼の否定の言葉は、ルルーシュに取って爆弾となった。
「お・・・おおおおまえじゃないんだ、誰があんな奴の制服姿に一目惚れなんかするかっ!だいたい俺が初めてあいつに会った時、あいつは私服だったんだか──っ」
彼が自分の失言に気付いた時には遅かった。目の前のルルーシュ・ランペルージの周囲はどす黒いオーラで荒れ狂っている。
「──私服、だと?何故貴様などがスザクの私服姿を見ている?私でさえ、再会してからは一度も見たことがないというのに」
嫉妬でルルーシュ、ゼロ様完全発動。しかも、かつてない程の黒いオーラも一緒である。
「いやっ、あのっ、ええええと、新宿ゲットーで偶然あいつに会ったんだよ。記念撮影しててイレヴンに絡まれてたところにあいつが来て・・・それで」
そんなことをすれば絡まれて当然だ。寧ろ無事だった僥倖に感謝するべきだろう。こんな低俗な奴などスザクが助ける必要などないのに──。
だが、それでもスザクは手を差し伸べるだろう。そのことを身をもってルルーシュは知っている。いや、思い知らされたと言うべきか。だが、今はそのことを考えるよりも。
「理由が何であれ、私でさえ未だ見たことがないスザクの私服姿を貴様などが知っているのは許せないな」
「そ・・・そんなこと言われたって・・・どうしろって言うんだよ──・・・」
男子生徒の言葉が、不意に途切れる。ルルーシュの紅く染まった左目を見る彼の表情は虚ろだ。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。貴様が見た枢木スザクの私服姿は全て忘れろ。髪の一房、爪の先であろうと覚えていることは許さん。全力で忘れろ!」
「分かったよ。全部・・・忘れるよ」
「よし。ならばもう用はない。ここから立ち去れ」
虚ろな表情のまま立ち去る男子生徒を確認して、ルルーシュはギアスの発動を終えた。もっとも結果には満足していない。何しろルルーシュにしてみれば、スザクの制服姿だって全て消してしまいたかったのだ。だが、残念ながら同じ学校に通っていれば何度だって目にする機会に恵まれるのだから、意味がない。
「まあ良い。これでスザクの私服姿は守られた」
リヴァルか、あるいはシャーリーがこの場に居たなら、ルルーシュの発言に突っ込んでいただろう。・・・気力が残っていればの話だが。そしてC.C.がいたなら「随分無駄なギアスの使い方だな」とでも冷静に言っていただろう。
だが、満足気に頷くルルーシュに突っ込む存在は、残念ながら一人もいなかった。
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