スザクと桜の木の下で──ユーフェミアの場合

 「お待たせしました、スザク」
 「ユっ・・・」
 大きな声で呼びかけた名前を慌ててスザクは飲み込んだ。周囲を見渡しても、特に誰も気付いた様子はない。ほっと息を吐いて、少々呆れた表情でスザクは声を掛けてきた少女を見つめた。
 「本当に来てしまったんですね・・・」
 「当たり前です。約束したでしょう?」
 スザクの言葉にいたずらっぽく笑ってユーフェミアが答えた。その言葉にスザクが苦笑を浮かべる。約束したも何も「スタンドのクレープを食べたいです」と突然言い出したユーフェミアにスザクは反論する暇もなかった。その上「折角だから待ち合わせしましょう!」と言って、いつの間にか待ち合わせ場所も時間も決まっていた。
 「よく総督がお許しになりましたね」
 「大変でした。でも頑張ったんですよ?」
 何だかんだ言って唯一妹には甘いコーネリア総督は、さぞ苦労しただろう。情勢が不安定な中で本来ならば許可される筈もないけれど、それでも彼女の願いは出来るだけ叶えてあげたいと思ってしまうのは、総督も自分も同じらしい。
 「でも、5時までには帰って来いって条件付きです。・・・子どもじゃないのに」
 途端に頬を膨らませてユーフェミアの顔に、スザクは失礼だとは思いつつもつい笑ってしまう。「スザク?」と半眼で睨む少女に「すみません」と笑いを滲ませた顔で謝ると、「もう」と言いつつ最後には二人顔を見合わせて笑った。
 「さあ、ご案内します。お姫様」
 「お願いします」
 初めて出会った日のように、冗談めかしてスザクが手を差し出せば、ユーフェミアは笑って手を重ねた。
 「折角だから、案内したい場所があるのですが・・・いいですか?」
 「どこですか?」
 「行くまで秘密です」
 楽しそうに微笑んだスザクにユーフェミアも笑みを返して、案内されたのは大きな桜の木の下だった。
 「──とても大きな木ですね」
 「はい・・・。樹齢百年を超えているそうです」
 大きく伸びた枝には、赤に近い濃いピンク色の花が無数に咲き誇っている。
 「私、桜はもっと儚い印象の花だと思っていました」
 「これは寒緋桜という種類なんです」
 鮮やかな色で堂々と咲き誇る姿に儚さは感じられない。寧ろそこに力強さをユーフェミアは感じた。
 「ここでクレープを食べるのは申し訳ない気がしますね」
 「あちらのベンチで食べましょう」
 頷いたユーフェミアの手を引いて、ベンチに二人並んでクレープを頬張った。鮮やかな桜を見上げながら、ユーフェミはこれなら団子にすれば良かったかな、と少しだけ後悔した。彼女の目的の為には、クレープである必要は無かったのだから──。
 「──そう言えば、どうして待ち合わせしようなんて思ったんですか?」
 クレープなら取り寄せることだって出来ますよ?と首を傾げるスザクにユーフェミアは頬を赤らめた。考えていたことがばれたのかと思うタイミングの良さだった。
 う〜ん、と唸った後少し申し訳なさそうな表情を浮かべてユーフェミアは答えた。
 「私は、いつも出かける時には車で送られてばかりでした。今まで外で誰かと待ち合わせをしたことなんてなくて」
 憧れだったんです。「待った?」「ううん、今来たところ」っていう遣り取り。
 「・・・待ち合わせの典型ですね」
 「はい。・・・だから、皆さんに迷惑を掛けると分かっていたのだけど、どうしても一度やってみたかったんです。それから」
 一度言葉を切って、ユーフェミアは隣に座るスザクを真っ直ぐに見つめた。何だろう?と首を傾げたスザクにユーフェミアは真っ直ぐに言葉を投げる。
 「一度だけ待ち合わせをするなら──スザクが良かったんです」
 「──え・・・・・・?」
 ユーフェミアの言葉にスザクは困惑し、それから頬を赤らめた。今の発言は──・・・。
 「さっ、帰りましょう、スザク」
 くすりと小さく笑うとユーフェミアは元気良く立ち上がった。まだ座っていたスザクの腕をぐいと引いて、立ち上がらせる。
 「あの──皇女殿・・・ユフィ、今のは」
 「自分で考えてください」
 答えたユーフェミアの頬もスザクに負けず劣らず赤く染まっていた。



スザクと桜の木の下で──シュナイゼルの場合

 その男は兎に角、悪目立ちしていた。
 「何をっなさってっ、いるっ・・・ですかっ」
 スザクは公園のベンチに不自然なほど優雅に座っている男の目の前に立つと、息も整わないうちに怒鳴りつけた。
 「何って待ち合わせだよ、スザク。・・・君とね」
 ゆったりと足を組み替える仕草はどこまでも優雅だ。シンプルなジャケットを羽織っただけで普段彼が身に着けている豪奢な服を着ている訳でもないのに、家族連れや犬の散歩をするご老人やジョギング中の人などで溢れる爽やかな日曜午前の公園には、彼の姿は全くもって不釣合いだった。
 「僕は貴方と待ち合わせの約束をした覚えはありません」
 「手紙が届いただろう?」
 「届きましたけどねっ」
 ああいうのは手紙とは言いません、脅迫状って言うんですっと叫んでスザクは目の前の男を睨み付けた。
 「ふむ・・・11時までにこなければセシル・クルーミー嬢主催のおにぎりパーティと書いただけなのだが」
 「・・・それ以上の脅迫がどこにありますか・・・シュナイゼル殿下」
 スザクの恨めしげな声に、瞳を隠していたサングラスを下げて、シュナイゼルは笑った。
 「そんな所に立っていないで、隣に座ったらどうかな?」
 「・・・自分は殿下を護衛しなければならないので」
 固い表情で自分の誘いを断ったスザクを見つめて、シュナイゼルは目を細めた。
 「護衛は他にもいることを知っているだろう?」
 「知っていますけど、僕がお傍に座る訳には・・・うわっ」
 スザクの言葉を遮るように、シュナイゼルがスザクの手を引いて隣に座らせてしまった。
 「・・・シュナイゼル様っ」
 うっかりシュナイゼルの膝に乗り上げることだけは阻止して、スザクはほっと息を吐くと直ぐに非難がましい視線を向けた。けれど、シュナイゼルはそんなスザクの視線を受け止めると楽しそうに笑った。
 「ほら、ここから見上げると桜がまるで空から降ってくるようだろう?」
 (ああ・・・なんて)
 なんて綺麗なのだろう。上から覆いかぶさるように咲き誇る桜をスザクは呆然と見上げた。こんな時には、結局在り来たりな言葉しか浮かばない。
 「夜桜も綺麗だろうと思ったが・・・さすがに夜は駄目だと言われてしまったよ」
 枝垂れ桜の枝は、風が通る度に小さく揺れる。その度に少しだけ花弁が空を舞う。それはシュナイゼルが言うように、まるで桜が空から降ってくるようだった。
 「凄く・・・綺麗です」
 「偶には待ち合わせも悪くはないだろう?」
 瞳を潤ませて頭上の桜を見つめるスザクの姿に、シュナイゼルは満足げな笑みを浮かべた。
 「はい・・・。シュナイゼル様、ありがとうございました」
 微笑む二人に静かに桜は舞い落ちる。



スザクと桜の木の下で──ロイドの場合

 「ロイドさんが場所取りをしたのってどこでしょうか?」
 「確保した場所に目印を付けるから、その場で待ち合わせしようって言っていたのだけど」
 全然見つからないわね、と周囲を見渡しセシルが溜息を零す。その間にも絡んできた酔っ払いが何人も足元に沈められていく。既に周囲は花見客で騒然としていた。
 「やっぱりロイドさんに場所取りをお願いしたのはまずかったでしょうか・・・」
 「だからってあの人に買出しをさせたら、余計なものばかり買ってしまうもの」
 確かに、とセシルの言葉にスザクは頷く。面白そうと思ったら、子供向けのおまけ付きお菓子だろうと、ゲテモノ一歩手前の珍味だろうとロイドは何でも買ってしまうのだ。
 「あら?あちらの方だけ、随分人が少ないわね」
 「そうですね」
 人が行き交うのも苦労する人ごみなのに、川の近くの一区画だけ綺麗に人の頭が途切れている。まだ間に人がいるからよく見えないが、たぶん誰かが場所取りをしているのだろう。
 「あそこかもしれないですね・・・。かなり広いですけど」
 特派の花見参加者全員が座っても、十分な広さがありそうだ。
 「あれだけ確保しているなら、凄いわね」
 この争奪戦の中で、一人で30人を越える人間が余裕で座れそうな広さを確保しているのは驚異的だ。ロイドさんも本気を出せば出来るんだ、と二人は珍しくロイドに本気で感心しつつ、急いで大きく開いた空間へと向かった。
 「あっ、来た来た〜〜セシルくん〜スザクくん〜〜」
 遠くで一人座っていたロイドが振り向いて、二人に向かって手を振った。その瞬間、周囲からざざっと二人に視線が集まった。
 「・・・・・・どうやってこんな広い空間を確保してるのかと思ってたんですけど」
 「・・・そうね・・・まさか、こんな方法を使っているとは思わなかったわ」
 ああどうしよう、今すぐ帰りたい。
 大量の酒瓶とツマミを抱えて、二人は顔を引き攣らせて途方にくれた。
 ロイドの傍には、酒買い小僧の姿を取った狸の置物、その右隣には・・・埴輪。更に手前の角には招き猫、最後の角には真っ赤な達磨。その間にもニ宮金次郎像だとか、千手観音像、どこで見つけてきたのか巨大こけし(倒れたら危険だ)などなどあらゆる置物が所狭しと並んでいる。
 ・・・・・・・・・誰も近寄らない筈だ。
 異空間で一人嬉しそうに佇むロイドは、容赦ない。
 「ほらほら、折角確保したんだから、早く入って来てよ〜」
 「ママ〜あそこ変なのが一杯並んでいるよ〜」
 「しっ見ちゃいけませんっ」
 慌てて母親は子どもの手を取って去っていく。
 「・・・スザクくん・・・これ、全部破壊して貰えるかしら?」
 「・・・・・・・・・・・・イエス、マイロード」
 うふふふと哂うセシルに、スザクが反論出来る筈も無く。
 ──ロイドが花見の場所取りを任されることは二度と無かったという・・・。

2007.04.07