バレンタインデー in アリエス宮

 「おまえを私の騎士に叙してから何年になるかな」
 「十四年と三月になります」
 主の突然の質問にも動じることなく、シュナイゼルの傍に控えていた騎士は正確な年数を答えた。ただの騎士ではなく、皇族の騎士に叙された者がその年数を忘れる筈もない。何年の何月何日だったか、その日の天気から風の向きまで彼は正確に覚えている。
 「十四年か──私はまだ、おまえを失うつもりはないのだがな」
 「・・・・・・」
 主の不穏な発言に、彼は息を呑んだ。それでも、シュナイゼルの騎士として最古参の彼は、己の感情を一切表情に上らせることはなかった。その姿を確認して、シュナイゼルはふむ、と頷いた。
 「やはりまだ、私の傍にいて貰わねば困るな。さて、そうなると──どうしたものかな」
 答えを求められていることを感じて、騎士はゆっくりと口を開いた。
 「如何なさいましたか」
 「ああ──今年もチョコレートが贈られてきたのだが」
 誰から、とはシュナイゼルは口にしない。けれど、彼にはそれが誰からの贈り物であるかよく知っている。彼自身が翠の瞳の少年から預かって、シュナイゼルに渡したこともあるのだ。
 「懐かしうございますね。確か、そろそろ十七になるのではありませんか」
 「その通りだ。今年の分が届いたのだが、一緒に贈られたものがあってな」
 これだ、と言ってシュナイゼルが示したものに、騎士は困惑の表情を浮かべた。
 「失礼ながら、こちらは何でしょうか?」
 「チョコレートらしい」
 「これが、ですか・・・」
 無理矢理に瓶詰めにしたのだろうが、どす黒い粘液が入った小瓶は毒劇物にしか見えなかった。今年に限って一体どうしたというのだろうか。
 「スザクからではないぞ。・・・・・・ロイド・アルブルンドからだ」
 「・・・・・・ロイド卿、ですか」
 数度顔を合わせたことのある主の友人を瞬時に思い出した。彼には、ロイドがバレンタインに贈り物をするような人物にはとても見えなかったのだが──。
 「スザクは現在、特派のランスロットのパイロットだ。面白がって作って送ったらしいな」
 それで、一緒に送られてきたのか。彼が知る限りのロイド・アルブルンドという人物の人と為りに全くそぐわない行動だったが、それならば得心がいく。
 「そしてこちらは、ロイドの副官のセシル・クルーミー嬢から贈られたものだ」
 「・・・変わった趣向ですな」
 弁当箱を模した箱の中に、三角形のチョコレートと小さな半月形のチョコレートが二つ入っている。
 「イレヴンのおにぎりという食べ物を覚えているか?」
 「・・・・・・はい。存じておりますが」
 彼は暫く考えて、ライスを固めて三角形にしたものだと思い出した。
 「では、沢庵はどうだ?」
 「タクアン・・・ですか・・・・・・ああ、確かダイコンという野菜の加工食品ではありませんでしたか」
 おにぎりよりは時間が掛かったものの、何とか思い出して知る限りの内容を口にすると、シュナイゼルはその通りと頷いた。
 「そのオニギリとタクアンがどうか致しましたか」
 「その二つのチョコレートフォンデュだそうだ」
 「・・・・・・・・・・・・は?」
 普段の彼ならば絶対に口にしない間の抜けた声を発して、まじまじと弁当箱を模した箱の中身を見つめた。それでは、三角形はオニギリのチョコレートフォンデュで半月形はタクタンのチョコレートフォンデュというわけか。
 「独創的な料理をするとは、ロイドから聞いていたのだがな。予想以上だった」
 普通の経路を辿ったならば、ロイドからのチョコレート(と呼ぶのもおこがましい)と共に間違いなく途中で危険物として廃棄されていただろう。
 「ここで一つ問題があるのだが」
 「・・・・・・何でしょう」
 普段ならば、主の言葉は一字一句聞き漏らすまいとする彼だが、今日ばかりは続きを聞きたくなかった。これ以上聞くと良からぬことが起こる気がする。戦場では、時に計算し尽された知略と共に、歴戦の感が役に立つことも多いのだ。
 「これらを片付けずに、スザクの分を食べる訳にはいかなくてな」
 淡々と続く己の主の言葉を、嘗てこれ程聞きたくないと思ったことがあっただろうか。許されるなら、彼は今すぐにこの部屋を退出したかった。
 「私が口にするものは、必ず毒見を経てからになるが──」
 ブリタニア帝国第二皇子という立場からすれば当然の処置である。信用の置ける人間がシュナイゼルの為だけの毒見役を引き受けている。
 「これらのものを他の人間に見せる訳にはいかなくてな」
 「・・・・・・・・・・・・」
 シュナイゼルの言う通りなのだが、彼は今全力でその言葉に頷きたくなかった。
 「そうなると、毒見を任せられるのがおまえしかいないのだよ」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「しかし、私はまだおまえを失うつもりはなくてね」
 「・・・・・・・・・・・・」
 先ほどから悩んでいるのだが、まだ結論が出ないのだよ。珍しく本気で迷っているらしいシュナイゼルだったが、彼には己の主が出す結論がよく分かっていた。
 シュナイゼルが、あの少年のチョコレートを諦める筈が無いのだ。
 (せめて戦場で散りたかったが)
 墓碑には何と刻まれるのだろうか。せめて騎士として面目を保てる内容ならば良いのだが。
 間違っても「チョコレートによる食中毒死」などとは書かれたくないものである。


End

2007.02.14

すみません、唐突にオリキャラでシュナイゼル殿下の騎士にご登場頂きました。
そして登場した途端にこんな役回り・・・色々申し訳ないばかりです。