「いいか、初めが肝心だ。最初の特攻を躊躇するなよ」
緊張を滲ませた声音に、周囲にもその緊張が伝播したのか、固い表情が浮かぶ。
「おまえは右舷から、俺は左舷から行く」
こくり、と頷いた後ではて?とルルーシュの向かいに立っていた少年は首を傾げた。
「ウゲンってどっち?」
「右に決まっているだろう!!」
いらいらとルルーシュは叫んだ。真正面にいたリヴァルはムッと口を尖らせた。
「普通ウゲンなんて言い方しないだろ。ルルーシュの言い方はちょっと古臭いんだよなあ」
「そんなことを言っているから、おまえは世界史の評価がいつまでたってもCなんだ!」
「世界史は関係ないだろ!」
睨み合う二人に、のんびりした声が割って入る。
「二人とも、通行の邪魔になってるよ」
周囲を見回せば、チョコを手にした女性の海。その中で言い争う男子高校生。これ以上無い程目立っていた。
「くっ・・・一度体勢を立て直すぞ」
ルルーシュの言葉に、リヴァルとスザクは彼について一旦その場を離れた。
二月十二日、バレンタインデーの二日前。アッシュフォード学園生徒会の男子役員三人は、揃ってデパート地下のバレンタイン用チョコレート売り場に来ているのだった。
人気のない階段踊り場に一旦避難し、作戦会議となった。ルルーシュに言わせれば”戦略的撤退”である。
「普通に買いに行けばいいんじゃないかなぁ」
「スザク、普通に行って俺達が割り込めると思うのか」
「あの戦場を経験していないおまえに言われたくない」
「そうかなぁ・・・」
首を捻るスザクを他所に、ルルーシュは真剣に作戦を考える。
「兎に角、いかにさり気なく入っていくかが肝心だ」
ふんふんと頷くリヴァルに対して、スザクは微笑んで黙って聞いている。
一通り言葉を尽くしてルルーシュは作戦を説明したのだが──
「要するに、ルルーシュが売り場の左側から、リヴァルが右側から、僕が普通に入っていけばいいんだよね」
「・・・・・・まあ簡潔に纏めるとそうなるな」
スザクに簡単に纏められてしまったルルーシュは、少し不満を滲ませて頷いた。
「スザクいいのか、正面突破だぞ?自分の分のチョコレートでもないのに」
手作りするスザクは、デパートに買いにくる必要など無かったのだが、悲壮な表情の二人に「一緒に来てくれ」と頼まれてここまで着いてきていた。
「僕は大丈夫だよ。ええと、ルルーシュが四つでリヴァルが五つでいいんだよね?」
「ああ、俺達は女子みたいに友チョコ交換なんてしないからな」
まずは生徒会メンバーに渡す義理チョコ(というより友チョコ)を買うことになっていた。ルルーシュとリヴァルは交換しないので含まれていないのだが、スザクは一人、二人分が増えても変わらないから、と二人に贈ると決めていた。それなら、と二人もスザクには渡すことにした。
だから、ミレイ、ニーナ、シャーリー、カレン、ナナリー、そしてスザクの分なのだが、ルルーシュがナナリーに他の人間と同じチョコレートを渡す訳もなく、当然含まれてはいなかった。
(・・・・・・あれ?)
ミレイ、ニーナ、シャーリー、カレン、ルルーシュはナナリーを除いて──
(それから僕、だから・・・)
指折り数えてスザクは首を傾げた。全員分だと六つになる。ルルーシュがナナリーの分を減らしても五つ。二人とも一つずつ足りなかった。
(おかしいなぁ・・・)
首を捻ったスザクは、目の前で階段を降りていく二人に声を掛けた。
「ねえ、二人とも一つ足りなくないかな?」
ピタリ、と二人とも足を止めた。ギクシャクとぎこちなく二人がスザクを振り返る。
「ほら、会長さんに、ニーナだろ。それから、カレンさ」
「「数えるなっ」」
「ふえ?」
指折り数え始めたスザクを二人が慌てて止める。スザクは首を傾げるばかりだ。何でだろう?と暫く考えて、漸くスザクも合点がいった。分かってみれば、実に単純な話だ。
「そうか、二人ともちゃんと渡したい人がいるんだね」
「──・・・!?」
からかうでもなく、優しい笑顔で言われて二人は揃って絶句した。そこは母親のような慈愛に満ちた表情で言う言葉じゃないだろう。どうしてこう、スザクは天然なんだ。これから戦いが待っているというのに、リヴァルは疲労を覚えた。
「でも、僕全然気付かなかったよ。二人とも隠すの上手だね」
「いや、おまえ、リヴァルはバレバレだろうが」
思わず突っ込んでしまい、ルルーシュはすぐさま後悔した。どう考えても墓穴だ。
「そう言うルルーシュは、誰に渡すのかなあ?」
にやにやと笑ったリヴァルがルルーシュの肩に腕を回す。
「おまえに関係ないだろう」
「おや、ルルーシュにしては芸のない返しだねぇ・・・。そうだなぁ・・・カレンとか?」
「違う」
「じゃあ、シャーリー」
「違う」
次々と上げられる生徒会女子役員の名前に、ルルーシュがいらいらと否定を返す。
「会長じゃないから、安心しろ」
「なっ・・・・・・」
「リヴァルは会長に渡すんだ・・・頑張ってね」
「だから、スザク・・・・・・ああ、もう天然で返すな」
「ルルーシュも誰か知らないけど、頑張ってね」
「いやっちょっと待て、スザク。俺は違っ」
「照れなくてもいいって、ルルーシュ。でも上手く行ったらちゃんと教えて欲しいな」
「だから違うと」
ルルーシュの言葉をあっさりと聞き流して、時間なくなっちゃうよ、早く行こう、とスザクは二人を引っ張った。
「天然万歳」
「全くだ」
「何の話?」
普段は艶やかに真っ直ぐに流れるルルーシュの髪は振り乱れ、リヴァルの服はぼろぼろになっていた。そんな二人を他所に、にこやかな表情のスザクは髪の一房も乱れることなく、腕には紫色と青色の包みが抱えられている。
「何故あの恐ろしい人ごみに真正面から切り込んで無事に済むんだ・・・」
「それより俺は、あの必死な女性陣に協力を仰げるというのが信じられない」
売り場の右舷から女性の波に突っ込んだリヴァルは、服を掴まれいつの間にか外に引き摺り出された。左舷から攻め込んだルルーシュは何とか掴み取ろうと腕を伸ばしたのが災いし、散々肘鉄を喰らった挙句、気が付けば髪の毛はぐちゃぐちゃという有様で、人の波の外に投げ出されていた。
正面から行ったスザクはと言うと、大人しく順番を待っている時に男子高校生が混じっているのを珍しがった女性に声を掛けられた。事情を話すとそれなら、とお勧めのチョコレートを教えて貰った上、ちょっと待って取ってあげるわ、と数人の女性の手でバケツリレーよろしく渡ってきたチョコレートを受け取り任務完了となった。そうして、笑顔で女性達に礼を言うと、唖然とスザクの様子を見守るルルーシュとリヴァルに「はい、これがお勧めだって」と二人の瞳と髪の色に合わせた包み紙を差し出したのだった。
「???よく分からないけど・・・どうして二人はそんなにボロボロになってるの?」
スザクの言葉にリヴァルとルルーシュは顔を見合わせた。
「天然って凄いな」
「全くだ」
「???二人とも、これで良かった?」
首を傾げながら、スザクは二人にチョコレートの入った小箱の山を差し出す。
「ああ・・・十分だよ、スザク」
「ありがとう、スザク」
疲れ切った二人を他所にスザクは満面の笑みを浮かべた。
「どういたしまして」
End