「結局巡り巡って、元を正せば貴方のせいなんですよね〜」
「いきなり何の話だ、ロイド」
ロイド・アスブルンドはわざとらしい溜息をついて、恨みがましい視線を画面の向こうの男に向けた。ロイドの視線をきちんと受け止めたブリタニア帝国第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアではあったが、数え切れぬ恨み辛みを買っている自覚があるとはいえ、今現在画面の向こうにいる男に恨めしげな視線を寄越される覚えは無かった。
「新年度の予算請求については、ほぼそちらが出した通りに承認した筈だが?一体なんの不満がある?」
「誰が予算の話なんてしているんですか〜」
「・・・・・・」
忙しい最中にわざわざ時間を割いてロイドとの時間を作ったのは、提出された予算案について確認事項があったからだ。本来ならシュナイゼル自身が確認する必要などないが、話す相手がロイドだからこそわざわざ時間を作ったのだ。そうした自分の行為がロイドに伝わっていないことはシュナイゼルも分かっているのだが・・・彼の指は自然に通信を遮断しようと電源パネルに動いた。
「スザク君から毎年チョコレートを貰ってるのって貴方でしょ〜?」
ロイドの口から零れた名前に、シュナイゼルの指は力を込める直前に止まった。
「ああ、あれの作るチョコレートはどんな名店のチョコレートよりも美味だぞ」
「・・・・・・少しは言い淀むとか、誤魔化すとかしてください・・・・・・」
ガクリと肩を落として、ロイドが疲れきった声を出した。
「羨ましいのか?」
「・・・・・・誰がそんな話をしているんですか〜」
しれっと返された言葉に、ついにロイドは机に突っ伏した。いつからこんなに臆面の無い人になったのだろう。それが自分の前だけだということを思い出して、ますますロイドはげんなりした。やめよう、不毛なことを思い出すのは。
「ところで、何故おまえがそんなことを知っている?」
「スザク君から聞いたからに決まっているでしょう〜」
シュナイゼルが知りたいのは、スザクが何故そんな話をしたのか、だろう。経緯を聞くまでは、シュナイゼルに通信を切るつもりがないことを悟って、ロイドは突っ伏していた顔を上げた。
「バレンタインデーのチョコレートをどうするかって話した時に、毎年手作りしてるって本人が言ったんですよ〜しかも貴方、手作りしか受け取らないって言ったそうですね〜」
「ああ、七年前にそう言ったな」
七年も続いているんですか、という言葉は辛うじて飲み込んだ。シュナイゼルの表情は、続きを要求している。仕方なく、スザクが通うアッシュフォード学園のバレンタインのダンスパーティの話からロイドは説明した。
「どうやって用意するのかって聞いたら、いつもは手作りしていましたっていうからさ〜誰にあげてるの?っていうのは当然の疑問でしょう〜」
「スザクが私の名前を出したのか?」
「まさか」
セシルは相手の名前を聞き出したいようだったが、スザクは頑として口を割ろうとはしなかった。まさか立場を利用して請求されたりしていない?、とまで言われて「良い人ですから、大丈夫ですよ」とスザクが答えて漸く諦めたのだが、幸か不幸かロイドはその相手が誰なのか直ぐに分かってしまった。
疲れ果てたロイドを他所に、シュナイゼルは当然という顔をしている。そんな立場ではないと分かっていても、段々腹立たしくなってくる。
「それで、何が私のせいだと言うんだ?」
遠回りをしてやっと最初に戻った会話に、何を言いたかったのかロイドは思い出した。
「貴方が最初にスザク君に義理チョコを要求したり、手作りなんて言い出すから、僕の副官まで手作りとか言い出したんですよ」
「何か問題でもあるのか?」
「大有りですよ〜。スザク君が二、三日使い物にならなくなったら、あ〜な〜た〜のせいですからね〜」
チョコレート一つで二、三日使い物にならなくなる、とは随分大げさな話だ。シュナイゼルは首を傾げて「そんなに酷い腕なのか?」と尋ねた。
「いいえ〜下手じゃないですよ〜。僕はおいしいと思いますし〜」
そこまで言ってから、ロイドはわざとらしく視線を逸らした。
「ただ、セシル君の独創性に溢れる料理がスザク君の口には合わないみたいなんですよね〜」
ふぅぅぅと長い溜息を吐いてみせる。
「苺のコンポート入りのおにぎりを食べた時は、倒れちゃったんですよね〜。暫く「苺の香りが・・・」って魘されてましたし」
「・・・・・・・・・それは、独創的で片付けていい料理ではないだろう」
「そうですか〜?糖分補給にはちょうどいいですよ〜」
一応伯爵家の子息として育った筈のロイドはまともな食事で成長した筈である。それにも関わらず、どうしてこうなるのか。
「・・・・・・・・・料理は糖分さえ取れればいいものでもないだろう」
うっかり想像してしまった苺のコンポート入りおにぎりの味に、顔色を少し青くしながら、それでもシュナイゼルはごく常識的な意見を述べた。
「そうですか〜?まあ、そんな訳で副官のセシル君の義理チョコは、貴方にも贈りますから」
「・・・・・・・・・今何と言った?」
「あれ、聞こえませんでした〜?セシル君のチョコレートを貴方にも届けるって言ったんですよ〜」
聞き間違いではなかった言葉にシュナイゼルが珍しく慌てた声を出した。
「待て。私は関係ないだろう」
「何を言っているんですか。特派を作ったのは貴方でしょう」
その通りである。特派のトップはロイドだが、そのロイドに対し真の意味で上官に当るのはシュナイゼルである。
「だからと言って、私にまで贈る必要はないだろう。そもそも私にどうやってチョコレートを届けるつもりだ」
一般人がプレゼント、まして食品をシュナイゼルに届ける手段など存在しない。安心して息を付いたシュナイゼルに、ロイドはにやりと笑って答を返した。
「スザク君のチョコレートと一緒に送りますよ〜」
「──!!!???」
珍しく本気で絶句したシュナイゼルに、ロイドは心から楽しそうに笑った。
「ちゃんと食べてくださいね〜。女性からのプレゼントを無碍にするなんてスザク君には出来ないですよ〜」
食べずに捨てたりして、それをスザクに知られればどうなるか、と暗に示すロイドに氷のような視線をシュナイゼルは向けた。
「私を脅迫するつもりか」
「と〜んでもあ〜り〜ませ〜ん。事実を言っただけですよ〜」
飄々と答えるロイドが憎らしい。
「それでは、バレンタインデーを楽しみになさっていてくださいね〜」
「待て、ロイ──」
シュナイゼルの言葉を最後まで聞かずに、ロイドは通信を切った。ブラックアウトした画面を見つめてもどうしようもない。シュナイゼルがもう一度回線を開いても、ロイドは応じないだろう。
「・・・・・・胃薬を用意させるか」
シュナイゼルにスザクのチョコレートを諦めるという選択肢は存在しないのだった。
End