「あ〜君が、枢木スザク君?」
「はい」
一人ホテルのラウンジで所在無く座っていたスザクは、背後から掛けられた声に振り返った。驚くほどすぐ近くに、柔らかそうな銀髪に眼鏡、ホテルのラウンジには不釣合いな白衣に身を包んだ男が背後に立っている。白衣の男は、振り向いたスザクの顔をしげしげと見やる。その視線に居心地の悪さを感じたスザクが「何か用ですか?」と尋ねても、一向に応える気配はなく、白衣の男はじぃぃと見つめ続けている。
「ちょっと立ってくれる?」
「え・・・あ、はい」
何だろう?と思いつつ、言われた通りスザクは席を立った。背筋を真っ直ぐに伸ばしたスザクの全身を、上から下までふむふむと頷きながら、更に近付いたり、逆に距離を取ったりしながら白衣の男が観察する。さすがにその姿にスザクは、薄気味悪さを覚えた。周りの客も、その姿に引くか、ひそひそと言葉を囁き交わすかしている。ちらちらと二人に視線を送るが、誰もスザクを助けてはくれない。
「は〜い、今度は後ろを向いて〜」
「・・・・・・・・・はあ」
周囲の視線に気付かないのか、気付いているのに無視しているのか、気にならないのか、白衣の男は只管マイペースだ。
(大丈夫かなあ・・・この人)
ルルーシュがこの場にいたら、「自分の身の心配をしろ!」と怒鳴っていただろうが、生憎スザクの親友はこの場におらず、スザクは言われた通り後ろを向く。そのスザクの後ろ姿を、男はまたしても唸りながら、観察した。そして突然大声で宣言した。
「うん、ご〜おか〜く〜」
「・・・?何がですか?」
ぱん、と手を打って突然響いた高い声に、スザクが首を傾げる。さすがに堪り兼ねたホテルの従業員が近寄ってきた。
「お客様」
「あ〜はいはい。ごめんね〜お騒がせしました。じゃ、行くよ」
「え?」
「おっお客様」
スザクの手首を掴んで立ち去ろうとしたロイドを、慌てて引き止める。
「ああ、彼のコーヒーの支払いはシュナイゼル・エル・ブリタニアに付けておいて」
言いたいことだけ言うと、もう振り返らずにスザクを引っ張ってラウンジを去っていく。さすがのスザクも、このままこの人に付いて行くのはまずいかなと思う。・・・生憎、やはりスザクの親友はこの場にいなかったので、このスザクの対応にツッコミを入れる人間は一人もいなかった。
「すみません。僕はここで人を待っているので・・・」
「ああ、君の待ち人のオーナーが来られなくなったから、僕が迎えに来たんだよ」
聞いてなかった?と尋ねる男に、聞いていませんとスザクは首を振る。
スザクは今日、このラウンジで特別派遣嚮導技術部F1チームのオーナーと、チームのドライバーとして正式に契約を交わす為、待ち合わせていた。
「君とのデートが〜って残念がってたけどね〜」
そう上手くはいかないよ〜と笑う白衣の男は、ではオーナーの知り合いだろうか。とスザクは考える。そう言えば、さっきオーナーの代理だと言っていたし、コーヒー代を付けるように言っていた名前こそ、スザクがラウンジで待っていたチームオーナーのものだ。
(でも、デートって何のことだろう?)
首を傾げつつ、何か勘違いしているのだろう、と結論づけて、スザクは別のことを尋ねた。
「あの、不躾だとは思いますが・・・貴方のお名前は?」
「あ〜言ってなかったっけ?僕はロイド。ロイド・アルブルンド。君が契約しようとしている特派のテクニカル・ディレクター兼チーフデザイナーなんだよね。と言う訳で、これからよろしくね」
差し出された手を呆然と見つめた後、慌ててスザクはその手を握り返した。
「枢木スザクです。こちらこそ、よろしくお願いします」
後にスザクは、ロイドの「合格」というのが、レーシングスーツが似合うかどうかで判断されたと知り、このチームを選んだことを暫し真剣に悩むことになるのだが──それはまだ先の話。
End