浮遊航空艦アヴァロンに、V.V.という名の子どもが現れてから数日。軍用艦にも関わらず子どもが艦内を歩いていても、すっかり慣れて誰も疑問に思わなくなった頃、本来の指揮官であるシュナイゼル・エル・ブリタニアが久しぶりにアヴァロンに乗り込んだ。
「あれ〜?珍しい人がいる」
「久しぶりに会った上官に最初に言う言葉がそれかい?ロイド」
敬礼をする訳でもなく、久しぶりと挨拶をする訳でもなく、本当に意外な人間を見て驚いただけという表情を浮かべて首を傾げるロイドに、苦笑いを浮かべてシュナイゼルが返した。何も「久しぶり〜」と言って抱擁するような熱烈な歓迎を期待してはいないが──そんな出迎え方をされた日には、シュナイゼルはロイドを直ぐに病院に放り込むだろう──あまりにどうでも良さそうな反応を返されると、少々寂しくもなる。そんなことを言えば、格好のからかいのネタを提供するだけなので口に出しはしないが。
「まあそれはいい・・・ところで、最近スザクの”子ども”がアヴァロンにいると聞いたのだが」
「貴方のところにまで、伝わっているの?さすが、スザク君のことについては耳が早いですね〜」
からかうようなロイドの言葉に「アヴァロンに何か異変があれば直ぐに私に連絡が入るのは当然だろう」と反論したシュナイゼルに、「まあ、そういう事にしておいてあげましょう」と言い放ったロイドは訳知り顔でにやにやと笑う表情を隠そうともしなかった。
「それで、スザク君の子どもを見に来たんですか?」
「違う。どうして、スザクの子どもということになったのかを確認に来た」
「・・・ふうん?」
言い訳かな、と一瞬考えたロイドだがシュナイゼルの口調から、そうではないと気付く。普通に考えれば十七歳のスザクに見た目年齢十歳の実子を持つのは不可能であるのは自明だ。
(分かっていても、複雑な男心ってところかな〜?)
何しろ”お父さん”がスザクで、”お母さん”がユーフェミア皇女だ。
「ま、いいや。四人とも今は食堂にいる筈だから、案内しますよ〜」
「四人?」
疑問を口にしたシュナイゼルに、ロイドはにこやかに笑って答えた。
「お父さんのスザク君とお母さんのユーフェミア皇女殿下、セシル君はさしずめ・・・・・・親戚のお姉さん、それからV.V.ですよ」
「V.V.?」
にやりと笑って、ロイドは答える。
「スザク君のむ・す・こ。可愛いですよ〜」
沈黙で返したシュナイゼルに構うことなく、ロイドは上機嫌で食堂へと向かった。
実はシュナイゼルがアヴァロンの食堂に入るのは、これが初めてだったりする。一般軍人と食事をともにする筈もなく、アヴァロン艦内で食事をする場合は、個室で運ばれた食事を口にしている。思った以上に広く、清潔に保たれている食堂にシュナイゼルは満足を覚えながら、シュナイゼルの登場にざわつく食堂内を見回し、スザクを探した。
「この人のことは気にしなくていいからね〜。ええと、スザク君は・・・」
きょろきょろと探すロイドに「窓側のテーブルにいますよ」と声がかかり、日の差し込む席で食事を終え、談笑している四人の姿を見つけたロイドは、大きく手を降った。
「お〜い、ス〜ザ〜クく〜〜ん!お客さんだよ〜」
横でシュナイゼルがぎょっとするのも、食堂内の全員の注目を集めるのもお構いなしだ。ずんずん近付くロイドの横に立つシュナイゼルを見つけ、声を掛けられたスザクだけではなく、ユーフェミア皇女もセシルも目を丸くしたが、V.V.だけが視線を上げることなく、バナナクレープに噛り付いている。
「構いません。どうぞ座ったままで」
テーブル横に立ったシュナイゼルに慌てて立ち上がった三人に、シュナイゼルはにこやかに答え、そしてバナナクレープを加えたままのV.V.に視線を落とした。
「V.V.っ・・・ちょっと」
「おいしかった。ごちそうさま。・・・何だ?」
挨拶して、と小突くスザクを見、次いで横に立つシュナイゼルに目線を移し、V.V.は首を傾げた。
「誰?」
ぎょっと仰け反るスザクと目を丸くし気遣わしげにシュナイゼルを見やるユフィと申し訳無さそうなセシルの様子を視界に入れつつ、シュナイゼルはにこやかに笑顔を浮かべてみせた。・・・横で「さすがV.V.〜」と喜んでいるロイドは勿論無視だ。
「初めまして。私はブリタニア帝国第二皇子、シュナイゼル・エル・ブリタニア」
「僕はV.V.」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・V.V.、この人は僕が子どもの頃、凄くお世話になった人でもあるんだよ」
続かない会話にスザクが慌てて割って入る。
「世話になった人・・・?ふ〜ん・・・僕がスザクの世話になっているみたいに?」
「ちょっと違うけど、まあ・・・そんなものかな」
具体的に説明するのは憚られて、曖昧に答えたスザクの言葉に暫く考え込んだV.V.は、何事か思いついたのか、晴れやかな笑顔を浮かべてシュナイゼルを見上げた。
(何だ?)
「おじいちゃん!」
「・・・・・・!!??」
「V.V.何てことを言うんだよ!」
「パパのパパ、お父さんのお父さんはおじいちゃんだろう?違うのか?」
「違わないけど!でも、そうじゃなくて」
「何が?ねえ、おじいちゃん、マンゴー&クリームクレープが食べたい」
「行き成りおねだりなんて、しちゃ駄目だよ!しかもクリーム付きなんて太るよ」
「孫はおじいさんにおねだりするものだろう?」
「そうじゃなくて!いや、そりゃ少しはおねだりしてもいいけど、でも、そうじゃなくて!」
ああ、どうしよう!と青褪めるスザクを他所にV.V.はシュナイゼルの裾を握って、「ねぇ〜マンゴ〜食べたい〜」と猫かぶり全開で強請っている。
「あっははは、おじいちゃん!貴方、おじいちゃんだって!シュナイゼル殿下!」
腹を抱えて大爆笑のロイドの横で、シュナイゼルは一言も発しないまま、V.V.に揺さぶられるままになっている。
「あ、あの、シュ・・・ナイゼル様っ・・・この子は、その」
「枢木スザク君」
「は、はいっ」
「この子は先程もクレープを食べていた気がするが、もう一つ食べてもいいのかな?」
口調だけは穏やかなシュナイゼルの言葉に、息も絶え絶えに「いえ、駄目です」とスザクは答えた。抗議の声を上げるV.V.に「また今度ご馳走しよう」とシュナイゼルが約束すると、V.V.は「約束だよ、おじいちゃん」と嬉しそうな声を上げた。大人たちから見えない角度でスザクに向かって意地悪く笑った顔は、スザク本人にしか見えなかった。
(・・・わざとっ・・・!)
「ところで、枢木スザク君。折り入って話があるのだが、少しいいかな?」
「は・・・・・・はい」
恐ろしさに震えながら顔を上げたスザクに、シュナイゼルは後光が差す程の素晴らしい満面の笑みを浮かべていた。