ユーフェミアが姿を見せた途端、アヴァロン艦内の食堂は大きくざわついた。けれど、それも一瞬のことで直ぐに何事も無かったように、皆それぞれの食事へと戻った。スザクが彼女の騎士となり、オープン回線で彼女がスザクに明るく宣言した告白を聞いてしまっては、もはや第三皇女という立場の彼女が現れてもそれ程驚かなくなってしまった。
「スザクは本当にここにいるの?」
「間違いない」
自信たっぷりに頷いて少年はユーフェミアの手を引いた。座る席に困る程ではないが、それなりに混雑している食堂内でユーフェミアはスザクを見つけられずに居たが、少年──V.V.は最初からスザクの居所を知っているかのように、その足取りには迷いがない。
(不思議な子)
今更なことを思いながら、ユーフェミアは少年に引かれるまま、歩を進めた。
「いたぞ」
「え?」
少年の小さく揺れる金色の頭を見つめていたユーフェミアは、急いで正面に視線を移した。気配に気付いたのか、ピザを頬張っていたスザクも顔を上げてユーフェミアとしっかりと視線がかち合う。その瞬間、スザクの顔には「しまった!」とありありと浮かんだ。それに気付いたユーフェミアのこめかみが引き攣った。
「行きましょう、V.V.・・・お父さんのところに」
にっこりと笑んでユーフェミアはV.V.の手を引いた。
「こんにちは、スザク」
「こ・・・こんにち、は・・・ユーフェミア殿下」
あまり記憶にないユーフェミアの不穏な笑顔に、逃げ出しそうになる衝動を何とか抑えてスザクは答えた。一瞬V.V.に視線を移して「なんでユーフェミアと一緒にいるんだ?」と目で訴えたが、V.V.はあっさりと視線を逸らした。
「同席しても良いでしょうか?」
「は・・・はい。勿論です」
席を立って、スザクが隣の席を引いたが、そこにはV.V.を座らせて、ユーフェミアはスザクの向かいの席に腰を下ろした。そうして真正面のスザクに向かってにっこりと笑顔を浮かべた。
「スザクも早く座ってください」
(こ・・・怖いっ)
目が笑っていない笑顔がこれほど怖いとはっ・・・スザクはおにぎりを手にしてにこにこ微笑んで近付くセシルとどちらが怖いかと考えた。
「可愛い子ですね」
「え?・・・ええと誰が?」
「勿論V.V.です」
「はあ・・・まあ、そうですね・・・可愛いですね」
見た目は。という言葉は心の中でスザクは呟いた。この少年の言葉で、すっかり「お父さん」扱いされてロイドとスザクに散々からかわれたのは記憶に新しい。
「私、全然知りませんでした。教えてくれれば良かったのに」
「あの、何をですか?」
スザクのこの言葉に、ユーフェミアは更に笑顔を深くして(その顔を見たスザクはかろうじて椅子から立ち上がるのを堪えた)、スザクを見つめた。
「こんなに可愛い息子さんがスザクにいたなんて」
ゲェホッ、ゴッホ、ガホォッ。とユーフェミアの言葉は、食堂内にて大混乱を巻き起こした。青くなったスザクが慌てて立ち上がって「違います」「僕の息子じゃありません」と大声で否定すればするほど、周りの注目を集めてしまった。
「・・・・・・違うのですか?」
「違います。僕は十七歳ですよ!?こんな大きな子どもがいる訳ないじゃないですか!」
「あ・・・そうか・・・そうですよね」
漸く表情が和らいだユーフェミアに安心して、スザクはこくこくと激しく首を上下に動かして頷いた。
「そうです、そうです」
「私ったら早とちりをしてしまったみたいです」
すみませんでした、と照れくさそうにユーフェミアは笑ったのだが、次のV.V.の言葉でまたしても表情を強張らせた。
「パパ。僕、苺クレープを食べたい」
「ああ、いいよ。注文して・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
V.V.の言葉にうっかり普通に応対してしまったスザクは、メニューを覗き込んだまま固まった。正面から漂う絶対零度の空気に顔を上げられない。
それでも何とか、ギシギシと顔を上げてユーフェミアを見ると──・・・満面の笑みを浮かべたユーフェミアが居た。
(こ、こめかみが引き攣ってる〜〜〜〜〜っ)
そして目はやっぱり笑っていない。
「V.V.」
「はい」
「苺クレープは私がごちそうします」
「ありがとう」
にっこりと笑ってユーフェミアは苺クレープを買う為に席を立った。ユーフェミアが通ると、ざざざっと人が脇に避けていく。それは決して彼女が第三皇女であるからだけでは・・・ない。
「V.V.・・・・・・どうしてくれるの」
「自業自得だ」
「どこが!?僕が何をしたって」
「契約をするなら、助け舟を出す」
「うっ・・・それは・・・無理だよ」
救いを求めるスザクの言葉に「それじゃあ、一人で頑張れ」と素気無くV.V.は言い放った。そんな、と言い募ろうとしたスザクの言葉は帰ってきたユーフェミアに遮られた。
「はい。V.V.」
「ありがとう」
優しい笑みを浮かべてV.V.には苺クレープを差し出し、相変わらず笑顔を浮かべたままユーフェミアはスザクの名を呼んだ。
「スザク」
「は、はいっ」
スザクの声が裏返る。
「ちょっとお話したいのですけれど、よろしいでしょうか?」
スザクがよろしくありません、と答えられる筈もなく。
「・・・はい」
引きずられるように食堂を出て行ったスザクを見送り、V.V.は苺クレープに噛り付いた。
「おいしい」
次はスザクにバナナクレープを奢らせよう、とスザクのいない所で決めると、V.V.は残りの苺クレープに噛り付いた。