「あら?貴方はどこの子?どこから来たの?」
床に届く程の金髪を背に流した少年の姿にユーフェミアは首を傾げた。ユーフェミアが少年を見つけたのはアヴァロンの旗艦内、それもスザクの部屋の前だった。
一方少年はユーフェミアの言葉に答えることもなく、黙ったまま見上げるばかりだ。
「ええと・・・何て言ったのか分からなかったかしら?」
もしかしたら、言葉が通じないのだろうか?それならどうすればいいのだろう?とユーフェミアは困った顔で少年を見下ろした。
「・・・言葉は分かる。人に名を聞くなら、自分から名乗るべきだろう。ユーフェミア・リ・ブリタニア」
「あら。私のことを知っているの?」
呼び捨てにされた無礼も忘れてユーフェミアは嬉しそうに微笑んだ。
「・・・知らない方が珍しいと思う」
「う〜ん・・・そう、ね。それで・・・ええと貴方のお名前は?」
「・・・・・・V.V.」
「V.V.・・・あの・・・珍しいお名前ですね」
「・・・・・・・・・」
無言、無表情で少年に見上げられてユーフェミアは困った。もしかしたら、自分は少年の機嫌を損ねてしまったのだろうか。
「ええと・・・。それで、あなたはどうしてここに居たの?親御さんは?」
「親などいない」
「え?」
「聞こえなかった?親など僕にはいないと言ったんだ、ユーフェミア・リ・ブリタニア」
「あの・・・その・・・ごめんなさい」
少年の外見は日本人には見えなかったが、今の世界では親を戦争で亡くした子どもは数多くいる。
「何を謝っている?ユーフェミア・リ・ブリタニア」
けれど少年はユーフェミアが謝った理由がまるで分からなかったかのように、表情に少しだけ疑問が浮かんでいた。それはユーフェミアが見た少年の初めての表情の変化だ。
「何をって・・・・・・。いえ、何でもありません」
もう一度謝ろうとしたユーフェミアだったが、何度も言われる方が辛いかもしれない。考え直して、ユーフェミアはそれよりも気になっていたことを口にした。
「あなたはどうして、私をユーフェミア・リ・ブリタニア、と呼ぶの?」
「???君の名はユーフェミア・リ・ブリタニアだろう?」
首を傾げる少年にユーフェミアは苦笑を浮かべた。確かにその通りだけれど、そんな風に呼ばれたことは一度も無かった。
「でも、長くて呼びにくくないかしら?」
「・・・確かに少し長いかな」
「でしょう?だから、私のことはユフィと呼んでください」
暫く考えていたのか、じっと少年は遥か頭上のユーフェミアの顔を見上げた。それから「分かった・・・ユフィ」と静かに答えた。その言葉にユーフェミアはぱっと顔を綻ばせた。
「ありがとう!・・・ところで、貴方はどうやってここへ来たの?」
「・・・・・・・・・」
「ええと・・・それじゃあ、どこに住んでいるの?」
「・・・・・・・・・」
質問には沈黙ばかりが返ってくる。
「これから・・・どうするの?どこかへ行くの?」
「・・・枢木スザクのところへ」
漸く返ってきた少年の言葉にユーフェミアは目を丸くした。
「あら、貴方はスザクの知り合いなの?」
「・・・・・・・・・・・・そうだ」
頷くまでの沈黙が気になったユーフェミアだったが、スザクの知り合いなら安心できる。
「それなら早く言ってくれたら良かったのに」
ユーフェミアの言葉には興味の無さそうな顔を見せるだけで、少年は何も言わない。
無言の少年を見下ろしながら、ユーフェミアは少年について考え始めた。
(身寄りがなくなって、親戚?のスザクを頼ってきたのかしら?)
けれどスザクはブリタニアの軍人で自分の騎士だ。とても子どもの世話など出来ないだろう。真面目なスザクがきちんと面倒を見ることもできないのに、子どもを引き受けるとは思えなかった。だとしたら、スザクはとても心を痛めているだろう。
「身元引受人になってくれる人はいないの?」
「・・・いない」
すっと俯いた少年の姿にユーフェミアの胸が詰まる。何か力になれることはないのだろうか。暫く考えたユーフェミアだったが、簡単なことに気付いて表情を明るくした。
「そうだ。私が貴方の身元引受人になりましょうか?」
「・・・ユフィが?身元引受人というと・・・保護者、か?」
「そうです!」
戸惑ったらしい少年の言葉にユーフェミアは明るい声になって答えた。一人ぼっちの少年を不安にさせてはいけない。
「・・・ということは、ユフィが僕のママになるのか?」
「!!!!」
ママという言葉の響きのユーフェミアは頬を染めた。興奮と戸惑いと嬉しさと・・・色々な感情が入り混じる。
「ユフィが僕のママなら、パパはスザクだな」
「!!!!」
少年の言葉に、ユーフェミアは今度は耳まで赤く染めた。
「えっ・・・そんな、スザクがパパだなんて・・・」
まあ、どうしましょう。と火照る頬を押さえるユーフェミアだったが、その後に続いたV.V.の言葉に凍りついた。
「スザクが僕のお父さんだから」
「──・・・!!??」
固まった笑顔をユーフェミアが少年に問いかける。
「お父さん?」
こくり。
「スザクが?」
こくり。
「貴方の?」
こくり。
V.V.が頷く度に、ユーフェミアの顔色は蒼くなっていく。
「ねえ・・・V.V.。これから、スザクのところに一緒に行きましょうか?」
こくり。と少年が頷いたのを確認して、ユーフェミアは小さな手を握って、シミュレーションルームへと歩き始めた。今の時間、スザクはフロートシステムのシミュレーションをしている筈だった。
うふふふふふふ、と薄く笑うユーフェミアに手を引かれながら、V.V.はこの船には単純な人間が多いな、と思う。
(冗談だったのだが)
今からでも否定した方が良いだろうか?とV.V.が考えたのはほんの一瞬で、直ぐに撤回した。
(自分と契約しようとしない枢木スザクにはちょうど良いお仕置だ)
スザクが怒れる女神と化した桃色の髪の少女と対峙するまで、あと少し──。