「はじめまして、枢木スザク。僕の名前はV.V.」
「・・・子ども?」
突然部屋の中に現れた少年の姿にスザクは数度瞬きをした。何度見直しても、そこにいるのは子どもにしか見えなかった。緩く波打つ薄い金髪を背に流し、前髪が全て上げられてはっきりと見える大きな紅い瞳が印象的な子どもだ。
はじめまして、と言われたからにはこれが初めての出会いなのだろう。(実際、スザクに目の前の少年と出会った記憶は無い)自分の名前は、ユーフェミアの騎士である以上、知っていても不思議は無い。けれど・・・。
「あの・・・どうしてここにいるの?それにどうやってここに入ったの?」
スザクがここ、と言ったのは軍の戦艦、それも空に浮かぶアヴァロンのスザクに与えられた私室だ。
「ここへ入った方法の説明は面倒なので省く。最初の質問の答えは、貴方と契約する為」
「契約?」
「そうだ」
「・・・・・・ええと、あのごめん。よく分からないんだけど」
首を捻るスザクには構わずに、少年は言いたいことだけを続ける。
「僕はずっと枢木スザクを探していた。僕の契約の相手は貴方と決めていた」
「ずっと?僕は君に会った覚えはないけど・・・」
でもさっき君も「はじめまして」って言っていたね、と呟いてスザクはますます首を傾げた。
「枢木スザクが知らなくても、僕は知っていた。やっと会えた。さあ、契約を」
「ちょ・・・ちょっと待って契約って」
「力が欲しくないか?」
「は?」
「力が欲しければ僕と契約するんだ」
さっぱり要領を得ない少年の言葉にスザクは困惑するばかりだ。
「何の話かやっぱり分からないんだけど・・・取りあえず内容を確認せずに判子は押しちゃ駄目だって昔から言われているから、今は契約は出来ないよ」
契約できない、というスザクの言葉に少年は初めて反応して、ふむと頷いた。
「なるほどね。内容を知らずに契約はできないという訳か・・・分かった説明する」
「ありがとう」
言うべき言葉はどうも違う気がしたが、取りあえず礼の言葉しかスザクは浮かばなかった。
けれど、そうして折角説明された契約の内容、特にギアスという力を与えられるという内容は、スザクの理解を超えていた。いや、少年の言葉が分からなかった訳ではない。けれど、そんな力があるなどと信じられず、到底納得できなかった。だが、最後に出された人物の名前には、スザクはさすがに反応しない訳にはいかなかった。
「・・・ゼロが!?」
「そうだ」
少年が説明したゼロが持つという「絶対遵守」のギアスには説得力があった。幾つか目にした不自然な態度、特に初めてゼロに会った時のジェレミア卿の態度は、少年が説明したギアスの力によると考えれば至極納得できるものだった。
「契約の内容については説明したぞ。さあ、契約しよう、枢木スザク」
じっと真っ直ぐに見つめる少年に慌ててスザクは首を左右に振った。
「ちょっちょっと待って。だからってどうして僕?」
「君が枢木スザクだから」
「???ごめん、全然分からないよ」
「分からなくてもいい。僕が枢木スザクと契約すると決めた」
「いや、決めたと言われても」
「?力が手に入るぞ。何を躊躇うことがあるんだ?」
本当に不思議そうに首を傾げる少年にスザクは苦笑を浮かべた。少年は自分の希望が受け入れられないなどとは夢にも思っていないらしい。何だか昔の自分に似ているかもしれない、とスザクは少し懐かしくなった。
「・・・君が言うように力があったら便利だろうね」
「そうだ。だから──」
言い募ろうとした少年を手を上げて制して、スザクは真剣な瞳で少年を見つめた。
「けれど僕は、そういう力に頼るのではなくて、ちゃんとルールに則って自分の力で世界を変えていきたい」
「・・・・・・非効率的だ」
「そうかもしれない」
率直な少年の言葉にスザクは苦笑を浮かべた。
「それでも僕はルールに従いたいんだ。だから申し訳ないけど、他の人を当って貰えないかな」
「それは困る」
「え?」
納得して貰えたと思ったのはスザクの思い過ごしだったようで、少年はきっと強い視線でスザクを見つめた。
「僕が僕の契約相手は枢木スザクと決めた。他の人間と契約するつもりはない」
「そんなこと言われても──」
困ったなぁとスザクは眉を八の字にした。どうやって説得したら良いのだろう?と考えていたスザクの思考は、突然開かれた扉に中断させられた。
「スザク君、遅いよ。フロートシステムのシミュレーションは1000時開始だって──あれ?」
「ロ・・・ロイドさん!」
しまった、と思った時には遅く、少年の姿はしっかりとロイドに見られてしまった。
「ロイドさん、どうしたんですか?スザク君はいました?・・・あら?子ども?」
更に悪いことに、遅れて顔を覗かせたセシルにまで少年の姿を見られてしまった。
「あ・・・あのこの子は・・・」
咄嗟に説明しようとしたものの、一体何と説明すればいいのだろう?まさか契約云々の話をする訳にもいかない。そもそもスザクだって、この少年が何者なのか全然知らない。
戸惑うスザクを他所に、スザクと二人きりだった時には一度も見せなかった実に無邪気な、大人が子どもの笑顔と言われて一番に思い浮かべそうな愛らしい笑顔をV.V.は浮かべた。そして、あっさりととんでもないことを言い始めた。後にスザクは、無理矢理にでも話を作って自分が説明すれば良かったと後悔した。
「はじまして、ロイドさん、セシルさん。僕の名前はV.V.です」
「はい、はじめまして〜」
「はじめまして。・・・どうして私達の名前を知っているのかしら?」
さすがに警戒しつつ、けれど子ども相手だけに笑顔を浮かべてセシルが尋ねた。V.V.は笑みを貼り付けたままにこやかに答えた。
「いつもお父さんにお二人のことは聞いていました」
「お父さん?」
「誰が?」
特派のスタッフの子どもだろうか?と顔を見合わせた二人にV.V.はあっさりと答えを告げる。
「ね?お父さん」
V.V.が小首を傾げた先には・・・・・・枢木スザク名誉騎士侯。
「・・・ふえ!?僕!?」
「・・・・・・!!??」
「スザク君!?」
あんぐりと口を開けたままのスザクが慌てて全力で首を振った。
「君・・・子どもなんていたんだ」
「いません!誤解です!僕はまだ十七歳ですよ!?」
「十七歳でも子どもを作れないことは・・・」
「こんな大きな子どもは無理です!」
「・・・実は年齢詐称してる?東洋人は童顔だって言うし・・・」
「・・・・・・童顔で悪かったですね!でも、詐称はしていません!」
ぎゃあぎゃあとからかうロイドと否定に走るスザクは放っておいて、セシルは少年の前に屈んだ。
「本当はどういう関係なの?」
その問いに首を傾げて考えた後、V.V.はきっぱりと答えた。
「遠縁です。でも、スザク兄さんは僕のことを覚えていないみたいで・・・」
そこで言葉を途切れさせて、V.V.は瞳にうっすらと涙を浮かべた。
「どうしたの?」
「・・・もう頼れる人がスザク兄さんしかいなくて・・・」
「まあ・・・」
「でも、覚えてくれてなかったし・・・僕は出て行かないといけないですよね」
「・・・ご両親は?」
遠慮がちに問いかけられた言葉には、V.V.は無言で首を振った。
「・・・これから・・・どうしよう」
俯いた少年の顔は長い髪に隠れて見えなくなったが、その隙間から雫が床に零れるのをセシルは見てしまった。
「それなら、暫くスザク君の傍にいればいいわ」
「え?」
「スザク君しかいないんでしょう?こんなに小さいのに一人で放りだす訳にはいかないわ。スザク君は十七歳だから身元引受人はなれないけど、ちゃんとした人を見つけるまではスザク君の傍にいなさい」
「いいのかな?」
「勿論よ」
不安そうに自分を見上げた少年がなるべく安心できるように、セシルは優しい笑顔を浮かべた。その表情を見て少年がぱっと顔を輝かせた。
「ありがとう、お姉さん」
「あら、いいのよお礼なんて」
抱きついてきたV.V.を両腕で抱きしめたセシルは、にやりと笑ったV.V.の表情を見ることは無かった。
「そういう訳だから、ちゃんと面倒をみてあげてね、お父さん」
「だから僕はお父さんじゃありません〜〜〜〜」