あれ、砂嵐だ、と思った途端に傾いだ身体を、ロイドは咄嗟に壁に手を着いて支えた。
「ロイドさん!?」
気付いたセシルが慌てて駆け寄り、ロイドの身を横から支えた。近くで見上げたロイドの顔色は悪く、目の下には濃いクマが出来ていた。
「ロイドさん、仮眠室で休んで下さい。もう三日も徹夜をしているでしょう?」
本気で心配しているセシルの言葉にロイドは唸った。三日もかかったデータの解析がもう少しで終わりそうなのだ。出来ればまだ離れたくはなかった。
「残っている分は、私が進めます。ロイドさんが休んでいる間に終わらせますから、起きたらチェックだけお願いします」
こうなると、ロイドは折れるしかなさそうだった。それにセシルの言う通り、彼女なら残りを問題なく終えられるだろう。
「・・・分かったよ。それじゃ後のことは頼むよ」
眠ると決めた途端、張り詰めていたものが切れたのか、急に眠気が強くなったような気がした。油断すると重力に従って床に寝てしまいそうだ。そうなる前に仮眠室に行かなければ、とずるずると重い身体を引きずるロイドにセシルの声が掛かった。
「仮眠室ではスザク君も寝ていますから。静かにしてくださいね」
口を開くのも億劫になっていたロイドは、手をひらひらと振ることで了解の意を伝えて、仮眠室へと消えて行った。
(やっと、着いた・・・)
眠りの沼に引きずられる身体を運ぶのは容易ではなく、仮眠室に着いたときには、ロイドの気力も限界が近かった。ゆっくりと扉を開け、何とか身体を仮眠室へと滑り込ませた。真夜中でも非常事態に対応できるよう小さな明りが点されているお陰で、スイッチを探さずに済んだことに安堵の息を吐いてロイドは空いているベッドを探した。
(それにしても寒いなぁ・・・ここ)
廊下の近くのベッドにはとてもではないが眠れそうにないし、窓際は論外だ。何とか少しでも暖かいベッドを、と仮眠室を放浪するロイドは、隅のベッドに人影を見つけた。
『スザク君も寝ていますから』
(ああ、そうか〜スザク君だ)
何となくスザクが眠るベッドへとロイドは近付いて行った。ロイドが近付いても、スザクは眠りが深いのか一向に目覚める気配がなかった。
(平和そうな顔して眠っちゃって)
ロイドが首を伸ばして覗き込んでも、まだ目覚めない。仮眠室は眠るだけだから、と殆ど暖房が効いていない。確かにあまり暑いと寝苦しいのは分かる。だが、底冷えがする寒さでは眠れるものも眠れない、とロイドは思う。
(なのに、この子は気持ち良さそうだなぁ)
そう言えば、日本人の暖房器具に「湯たんぽ」というのがあった筈だ。もしかしたら、それを使っているのかもしれない。兎に角寒さを何とかしたいロイドは、スザクが被っている毛布を捲って湯たんぽを探した。さすがに寒気が入り込んだのか、スザクが「ううん」と唸った。
(無い・・・)
毛布を二枚使って眠ろうか?でも、そうすると重いなぁ・・・重いのは嫌だなぁ、とロイドは考えて──
(そっか、湯たんぽならここにあった)
ごそごそと目の前のベッドに潜り込んだ。思い切り両腕を回すと、直ぐに温もりが伝わってくる。
(ああ、暖かい〜)
良かった、これで眠れる、とロイドは眠りに落ちて行った。
(あ・・・暑い)
それにどうも身体が上手く動かない。疲れているのかな、と普段ならすっきりと目覚められるのに妙に重い身体に首を捻ったスザクは、すぐ隣に人の頭を見つけて驚いた。
(ひえぇぇ!?)
身体が重いのは、隣に眠る人に両腕を回されているからだ。
(ええと、どうしてこんなことになっているのかな)
抱きこまれているので、見え難いがどうも目の前にいるのはロイドらしい。取りあえず、自分を今抱きこんでいる人物がロイドであったことに、スザクは安堵した。これが見ず知らずの人間だったら、さすがに叩き出していただろう。
(ロイドさんなのはいいけど・・・困ったなぁ。僕が動いたら、ロイドさんも起きちゃうだろうな)
とても気持ち良さそうに眠っているので、起こすのは忍びない。勝手に潜り込まれたのはスザクなのだが、ロイドが徹夜続きだったことも知っているスザクは、強行な態度にも出られない。
(だけど、今日はシミュレーションをするから・・・そろそろ起きないと。あ、でもロイドさんがここにいるから、まだ始まらないかな)
スザクの考えた通りで、いつまで経ってもやってこないロイドとスザクに業を煮やして、セシルが仮眠室へとやってきた。
「おはようございます、セシルさん」
「・・・・・・・・・おはよう、スザク君」
ロイドの腕の間からスザクが顔を出すと、セシルはベッド脇に立って微笑みを浮かべていた。けれど、爽やかな朝の微笑み、ではなく、こめかみは引き攣り笑顔も固まっている。
(あれ・・・な、何か怒られるようなこと、したかな・・・)
今は身動きもままならないので、逃げることも出来ない。
「スザク君」
「は、はい」
低い声で名を呼ばれて、スザクは気持ちだけ背筋を伸ばした。(実際には全く動かせなかったが)
「これは、どういうことかしら?」
「これ、って・・・ロイドさんのことですか?」
「ええ、そうよ」
「あの・・・起きたら、こうなっていて」
気のせいか、セシルが纏う空気が更に重くなった気がして、スザクは緊張してセシルの様子を見守った。
「それは、ロイドさんが勝手に入っていたということかしら?」
「そ、そうです」
「・・・・・・・・・・・・」
暫く二人の間に沈黙が流れ──
「いっ、いだだだだだだ」
「何をしているんですか、ロイドさん!」
「痛い、痛い、痛い〜」
ロイドの悲鳴とセシルの怒声が響き渡った。耳を引っ張られて身体が浮き上がっているロイドは涙目になっている。
(い、痛そう・・・)
見ているだけのスザクでさえ、痛いような気がしてしまう。
「スザク君のベッドに勝手に入るなんて!セクハラですよ」
「ち、違う。違うよ、セシル君。僕はただ寒かったから、湯たんぽをって思って」
ロイドの必死の弁明にセシルの手から一瞬力が抜けた。
「湯たんぽ?」
「あ、日本の暖房器具です。湯を入れて温まる道具です」
「確か大きな水筒のような形をしているのよね」
「そうです」
和やかな二人の会話の間に逃げようとしたロイドだったが、直ぐにセシルに捕まった。
「ロイドさん、スザク君は湯たんぽじゃありませんよ?」
「うわあああっ、ごめん、ごめんなさいっ」
スザクは、セシルに耳を引っ張られたまま引きずられていくロイドを唖然と見送るしか出来ない。
「だって、暖かかったんだよ〜」
ロイドの叫び声が廊下から聞こえ、その後鉄拳制裁を受けたらしい音が響いた。
(湯たんぽか・・・懐かしいな)
でも、やっぱりいきなりは遠慮したいかなぁ。驚くし。そう思ったスザクは、その後ロイドに「今度からはちゃんと先に言ってくださいね」と言ったのだが。
「スザク君・・・そういう問題じゃないと思うわ」
何故かセシルに懇々と諭されることになった。
End