命令違反を犯した自分を助けてくれた男を前にして、スザクは深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。シュナイゼル殿下」
「何を謝る?」
「自分は、殿下の命令を無視し、自分の命を優先して行動してしまいました」
自分を見つめるシュナイゼルの表情に怒りは微塵も見えず、それが却ってスザクには辛かった。責められるべきが責められないのは、嫌だ。自分が軍法会議の上、重い処罰を科せられるのが当然であることをスザクは認識している。
「そのことについては、非常時のことであり、責を問う必要は無いと私が指示した」
「知っています。ですが、命令違反は罰せられるべきです」
頑なな表情のスザクの頬に指を滑らせ、シュナイゼルは笑みを浮かべた。
「それは、私の指示に意見するということかな」
「あ・・・いえ、自分はそういう訳では」
自分の言葉が、上官の決定に対し異を唱えることになると気付いてスザクは慌てた。
「では、私の言葉を受け入れるのか?」
くすくすと楽しそうに笑うシュナイゼルに、スザクは困り果ててしまった。何を言っても、シュナイゼルに墓穴を掘らされている気がしてならない。
「別に私は、おまえを苛めている訳ではないよ」
「・・・・・・分かっています」
少しもそんなことを思っていないだろうに、言葉だけはそんなことを言う。けれど、その表情は素直だ。シュナイゼルが知る幼い時から、スザクの素直さと強情さは変わらない。
「明白な嘘を真っ直ぐに言うものではないよ」
「・・・・・・・・・」
「だからと言って、黙り込むのは良い手段とは言えないな」
スザクの頬に触れていた指を頭上に持っていくと、シュナイゼルはスザクの頭を軽く撫でた。
「あの・・・殿下?」
幼い頃を思い出させる仕草に、スザクは戸惑う。
「私は嬉しかったのだよ、スザク」
「・・・・・・?何が、でしょうか?」
「おまえが生きることを選んだことが、だよ」
「────・・・シュナイゼル殿、下」
そんなに本当に嬉しそうに優しい瞳をして、自分を見下ろしたりしないで欲しい。幼い頃と同じ呼び方で自分の名を紡ぐ声も、頭に触れる温もりも優しくて、スザクは唇を噛締めた。自分の命を惜しむ資格など、自分には無いのに。
「自分は、ゼロを逃がしてしまいました」
「また捕まえれば良い」
視線を逸らして唇を噛締めるスザクを、シュナイゼルは頭に触れた手はそのままに暫く黙って見つめていた。頑固なところも、自分を許せないところも、スザクは変わらない。
やがてゆっくりと手を離して、シュナイゼルはスザクから少し距離を取った。名残惜しかったが、そろそろこの時間の終わりが近付いていた。
「顔を上げなさい、枢木少佐」
上官としての命令に直ぐにスザクは従う。シュナイゼルを見上げるその顔は既にブリタニア軍人としての顔だ。
「ユーフェミアが待っている。・・・行きなさい」
「・・・・・・イエス、ユア、ハイネス」
敬礼し、去っていくスザクを見送ってシュナイゼルは小さく息を吐き出した。
「宜しかったのですか?」
「何が、かな?」
「いえ・・・枢木少佐に言いたいことがおありだったと思ったのですが」
自分の騎士の言葉に、シュナイゼルは笑みを浮かべた。この騎士はよく分かっている。
「いや。今はあれで十分だよ」
強がりなどではなく、シュナイゼルはそう思っている。あの命令を出すと共に一つの賭けをし、そして勝ったことなど、スザクが知る必要は無かった。
(嬉しかったと言ったのは本当だが──スザクは素直に受け取ってはいないだろうな)
それは残念ではあったが、取り敢えずシュナイゼルは満足だった。
「差し出がましいことを申しました」
「構わない。・・・何かあったようだな」
部屋の外が俄かに騒がしくなったことに気付いて、シュナイゼルの表情が変わった。
「忙しくなりそうだ」
報告を聞いたシュナイゼルの顔が厳しいものに変わる。
キュウシュウ地区の要害、フクオカ基地陥落の知らせだった。
End