エリア11の北半分の上空を寒波が襲い、東京一帯にも雪が降り積もったある日。日々変わらずランスロットのメンテナンスや開発に追われている筈の特派だが、この日ばかりは少し様子が違っていた。
「寒い!寒い寒い寒い寒い〜〜!もうい〜や〜だ〜」
「・・・・・・」
突如叫び声を上げたロイドに、特派のスタッフの冷ややかな視線が一斉に集まる。
「こんな寒い中で研究なんてできないよ〜〜」
「ロイドさん?寒い中文句も言わずに仕事をしているのは貴方だけではありませんよ?」
ガチガチと歯を鳴らしながら懸命に訴えたロイドだったが、背後からブリザードが吹き付けてきて、思わず首を竦めた。
「す、すみません」
「でも確かにちょっと寒すぎますよね」
「そうだよね!寒いでしょ〜」
予想外に差し伸べられた救いの手に、ロイドが満面の笑みで縋りつく。パイロットスーツの上に白いコートを羽織った奇妙な出で立ちのスザクが苦笑を浮かべる。
「ええと、あのロイドさん?」
「ああ、あったかい〜」
スザクが着ている白いコートは、もこもこふわふわと毛が浮くような柔らかい素材だ。その感触が気持ち良いのか、ロイドはスザクを殆ど抱きしめるような体勢でコートにしがみ付いて、頬ずりまでしている。さすがのスザクも戸惑って身を捩ってみるものの、一向に離れる気配がない。
(う〜ん寒いのは分かるけど、このコートって・・・)
「ロ・イ・ドさん。そういうのはセクハラ、ですよ」
にっこりと笑顔を浮かべたセシルがロイドの頭を片手で掴んで、無理矢理スザクから引き離そうとする。
「い〜や〜だ〜、これ気持ち良いのに〜」
ロイドの言葉にセシルの笑顔が固まっていく。スザクにはセシルの後ろに阿修羅像が見えた。
「ロ、ロイドさん、まずいですって離れた方が・・・・・・」
「い、いだだだだだだだっ」
スザクの言葉は間に合わず、セシルの右手で頭を締め付けられたロイドの悲鳴が上がった。
「ロイドさん。そのコート、私がスザク君に貸したものなんですよ」
だからさっさと離れろや、コラ。という声無き罵声が、ロイドとスザクの耳には聞こえた。
「あ、あの・・・すみませんでし──」
「ちょっとこちらに来ていただけますか?」
一応伺いを立てる形になっているものの、セシルの右手がロイドの頭を掴んだまま、ロイドの身柄はズリズリと物陰へと引きずられていく。
「うわ〜本当〜にご〜めんな〜さ〜い〜〜〜」
(ロイドさん、ごめんなさい。僕には助けられません)
引きずられていくロイドとガッチリ合ってしまった目をスザクはそっと外した。
「お〜い、暖房が直ったぞ〜。スイッチを入れてくれ」
「了解」
しばらくして、う゛う゛う゛・・・と低い機会音が響いた後、研究室に温風が吹き込み始めた。
「ああ、生き返る〜」
「身体が解凍されていく〜」
かろうじて氷点下にならなかったものの、応急処置として物置から引っ張り出したストーブだけでは、ランスロットも置かれた広い研究室が温まる筈も無かった。その研究室でパイロットスーツだけで過ごしていたスザクは、見かねたセシルがコートを着せ掛けてくれなければ、とっくに氷像と化していただろう。
天井から吹き込む温風に歓声が沸く特派のスタッフの耳には、物陰から微かに聞こえる怪しげな断末魔の悲鳴など届かない。
(というより、皆聞こえないふりをしているだけじゃ・・・)
人のことを言えないスザクも、頬を撫ぜた温風に目を細めた。
(骨は拾わせて貰いますから安心してください、ロイドさん)
ロイドにとっては少しも安心できないことを思いながら、スザクはセシルから借りたコートを脱いだ。
「さ、頑張るぞ」
すっかり息を吹き返したスタッフに名前を呼ばれ、スザクは元気に返事をして走っていく。
暖房が壊れたある冬の日。
今日も特派は平和です。
End