「ナナリーこんばんは」
「スザクさん、こんばんは」
ルルーシュから連絡を受けたナナリーに出迎えられ、スザクが笑顔で挨拶をすると、ナナリーも顔を綻ばせて挨拶を返した。ナナリーは目こそ見えないけれど、その分相手の雰囲気を察することは敏感で、今もスザクが笑顔であることを感じたのだろう。こういう時、彼女も必ず笑顔を返す。
「ただいま、ナナリー」
「お帰りなさい、お兄様」
ナナリーが喜んでいることを表情から察して、ルルーシュも優しい笑顔で妹の出迎えを受けた。
「咲世子さんが、日本食を作ってくださったんですよ。早く食べましょう」
「楽しみだなぁ」
連れ立って歩く二人の姿を数歩後ろから眺めて、ルルーシュの顔に笑顔が自然と浮かぶ。
「うわあ・・・凄い。おいしそう」
あ、ふろふき大根だ!と並べられた食事を目にしたスザクが歓声をあげた。食卓には咲世子が用意した本格的な日本食が所狭しと並んでいる。
「私も少し、お手伝いしたんですよ」
「え?ナナリーが?凄いなあ・・・」
いたずらっぽく告げられたナナリーの言葉にスザクが素直に感嘆の言葉を返す。どの料理の味付けをしたのかを説明するナナリーにスザクがその料理の名前を告げて、どこにあるかを教えている。そうして楽しそうに笑顔で話す二人の姿を見ていると、少々強引でもスザクを連れてきてよかったとルルーシュは思う。
(だいたいスザクは気を使いすぎる。もっと普通に俺達と接すればいいんだ)
自分達の身を案じた上での行動でも、スザクに余所余所しくされることをルルーシュが我慢できる筈もなければ、ナナリーが寂しく感じない筈もなかった。
「ほら、話してばかりいないで。折角咲夜子さんと、ナナリーが作ってくれたんだ。冷めない内に食べよう」
「そうだね」
ナナリーの車椅子を動かした後、余った席に座ったスザクがふとルルーシュと顔を合わせる。察したルルーシュがこほんと咳払いを一つして──
「それでは、両手を合わせて」
スザクはもちろん、気付いたナナリーもルルーシュの言葉に従って両掌を胸の前で合わせる。
「「「いただきます」」」
口にした日本の食事前の挨拶の言葉は綺麗に揃っていて、三人同時に笑い声が零れた。
「今日はありがとう、スザク」
「え?」
賑やかで楽しい食事を終え、入浴も済ませ、後は寝るだけという時になって告げられたルルーシュの言葉にスザクは驚く。
「???何が?お礼を言うのは、おいしい食事をご馳走になった僕の方だと思うんだけど・・・」
それなのにどうして?と首を傾げるスザクを見て、ルルーシュは苦笑した。
(こういう鈍さは相変わらずだな)
「急に誘ったのに来てくれて・・・ナナリーも凄く喜んだしな。強引だったとは思うけど」
さすがにあんな時間に誘ったことは悪かったとルルーシュが思っていたのだと、スザクは漸く気付いた。スザクが断れないようにナナリーの名前まで持ち出していたのだから、確かにルルーシュの誘いは強引だった。
「いいよ。僕こそ誘って貰って凄く嬉しかった。懐かしくて・・・楽しかった」
一瞬だけ目を伏せて、けれど直ぐにスザクは笑顔を浮かべて「ありがとう」とルルーシュに告げる。
「だからお礼を言うのは俺の方だろ」
「そんなことないよ。ルルーシュ、ありがとう」
「〜〜っだから!ああ、もうキリが無い。寝るぞ」
照れたルルーシュがスザクの腕を掴んでぐいぐいと引っ張る。どん、とベッドに突き倒されてスザクが笑い声を上げた。
笑うスザクをムッとした顔で見下ろしていたルルーシュが、不意にスザクが寝転がるベッドの上に乗り上げる。自分の顔に掛かった影に驚いたスザクがさすがに戸惑った声を上げた。
「ルルーシュ?どうかした、の?」
笑いすぎたかな、と真剣な表情で見下ろすルルーシュにスザクの瞳は揺れる。
頭を挟むようにルルーシュの両手が置かれ、ほぼ真上から見下ろされている状態はどうにも落ち着かなかった。
「楽しかったのなら・・・」
「ルルーシュ?」
「俺達に対して遠慮なんてするな」
先程までとは違う、悲しみを帯びたルルーシュの言葉にスザクは何も言えなかった。スザクとて、ルルーシュやナナリー、そして今では自分と普通に接してくれる生徒会の人たちとの時間をとても大切に思っている。けれど──
(やっぱり気付いていたんだ・・・ルルーシュ)
ナナリーも気付いているのかもしれない。どんなに大切に愛しく思っても、いつかまた二人と過ごす穏やかな時間を失うことを僕が覚悟していると。
今は二人とともに学生生活を送っていても、やっぱり自分はブリタニアの軍人で。困難な道を行くと決めている。いつか二人からは離れなければいけない。二人を巻き込む訳にはいかないのだから。
「おまえがそうやって、俺達にまで遠慮する方が、俺もナナリーも悲しいって分かっているのか?スザク」
「うん──ごめんね。ルルーシュ」
二人がどんなに自分を幼い時を共に過ごした相手として、大事に思って心配してくれているかを知っていても、きっとその思いに全て報いることなんて出来ないだろう。自分がそんな風に考えることこそ、ルルーシュやナナリーを悲しませると分かっていても、スザクには二人が大事過ぎて。二人だけは守りたくて。
(ごめんね、ルルーシュ。ナナリー)
「謝って欲しい訳じゃない」
「うん。そうだね──ありがとう」
「〜〜〜っ」
ぼすっと軽い音を立てて、スザクを見下ろしていたルルーシュがスザクの上に倒れこんだ。ルルーシュが支えていた両腕の力を抜いたのだ。
「ルル──」
「だったら」
スザクの言葉を遮ってルルーシュの声が耳朶を擽る。
「また、夕飯を食べにこい。ナナリーと待ってるから」
「──うん・・・分かったよ。また、来るよ」
瞳に滲んだ涙を堪えながら、小さな声でスザクは答えた。
──この時のスザクの言葉に偽りなど一つもなかった。
いつかこの温もりから遠く離れることを感じながら、それでも。スザクにとって、そしてルルーシュとナナリーにとっても、小やかだけれど、何より大切で温かな約束だった。
柔らかく光り続けて、触れれば優しい温もりに自然に笑みが零れるような。
決して強い光ではないけれど、時にスザクを慰め、傍らで励まし続けるように確かにスザクの中にあり続けた。
まるで親しい友が傍らにいるように──。
End