パタパタと病院に似つかわしくない足音が聞こえてカレンは顔を上げた。彼女が分娩室に入ってから五時間以上経過していた。
「彼女はっ・・・どこにっ・・・」
「え?あ、あの、まだ分娩室で・・・」
見知らぬ青年に話しかけられてカレンは驚いてベンチから立ち上がった。そして、青年の後ろに立っていたスザクに気付いた。
「スザク君・・・それじゃ、この人が」
「うん」
分娩室の扉の前に暫く立ち尽くして、それから落ちつきなく廊下を歩いてまた扉の前に戻ってまた立ち尽くしていた。そんな青年の姿を見つめて、カレンは笑みを浮かべた。
「どこからどう見ても、出産前の落ち着き無い父親ね」
「そうだね」
「お疲れさま、スザク。ほら、これでも飲めよ」
「ルルーシュ。・・・ありがとう」
差し出されたカップを受け取って、スザクは中身を一気に飲み干した。喉を通る冷たい水分が気持ち良い。
「貴方もどうですか?こちらに座って飲んでください」
「え?あ・・・ああ、ありがとう」
ルルーシュに促されるままベンチに座ってスザクと同じように彼も一気に飲み干した。それから漸く自分を見下ろす三人に気付いたのか、はにかむ様な笑みを浮かべた。
「君たちが彼女を病院に連れてきてくれたのか──ありがとう」
頷いた三人を見て、青年は嬉しそうに笑って頭を下げた。照れたカレンが「いえっ、そんな、私達は救急車を呼んだだけで」と焦って言葉を返した。
それから四人並んでベンチに座って、いつの間にか青年と彼女の馴れ初めを聞いて──。やがて、大きな泣き声が響いた。元気な赤ん坊の泣き声が。
「おめでとうございます、女の子ですよ」
看護師の言葉に四人の歓声が響いた。
暫くして帰ろうとした三人を彼女の傍に居た筈の青年が追いかけてきた。彼女が会いたがっている、少しだけ子どもの顔を見ていって欲しい。そう言われて、三人は出産という一大事を乗り越えたばかりの彼女とその腕に抱かれた小さな赤ん坊と対面した。
「小さいね」
「うん・・・。あの、可愛いですね」
鼻はぺしゃんこだし、頬はむくむくと膨らんでいるし、髪の毛は殆どない。けれど、どうしてだろう。その小さな身体はとても愛おしかった。
「きっと美人になりますよ」
「まあ。・・・ありがとう」
自信たっぷりに言い放つルルーシュの言葉に、両親である二人が嬉しそうに笑った。
「一つ、お願いがあるんですけれど・・・お名前を教えて頂けますか?」
彼女の言葉に戸惑いながら、三人はそれぞれの名前を告げた。一人ひとりの名前を丁寧に頷きながら聞いて、それから彼女はカレンを見つめた。
「とても図々しいお願いなのだけど・・・貴方のお名前をこの子に貰えないかしら」
「──・・・・・・え?・・・・・・あ、あたしの名前をっ!?」
彼女の言葉を理解したカレンが素っ頓狂な声を上げた。
「そんなっ私の名前なんてっ・・・・・・とっとんでもないですっ」
「勿論、貴方がいいと言ってくれればだけど。でも・・・これは彼と相談して決めたの。貴方のように優しい女の子に育ちますようにって。・・・救急車の中でずっと私の手を握ってくれていたでしょう?とても心強かったわ。ありがとう」
「──っ・・・・・・そんな、の、当たり前です」
眉を寄せて瞳を潤ませて、カレンは彼女の腕に抱かれた赤ん坊を見つめた。自分と同じブリタニア人と日本人の血を引く子を。これから、きっと自分以上の苦難が待ち受ける子を。
溢れそうになる涙を必死に堪えながら、カレンは顔を上げて精一杯笑顔を浮かべた。
「嬉しい、です。私の名前で良ければ──」
「ありがとう」
どうか幸せになって。
生まれたばかりの小さな生命に祝福と祈りを。
End