アリエス宮における新年の祝賀パーティは滞りなく進行していた。ブリタニア帝国の有力貴族、何らかの功績を挙げその恩賞として特別に招待を受けた者、あるいは外国から招待された貴族や皇族の者たちがダンスホールに集まり、それぞれに笑いさざめいている。片手にはグラスを持ち、一方にはそれぞれの思惑を乗せて表面ばかりは笑顔を貼り付けて牽制しあう。弦楽器の調べが響く華やかな雰囲気とは裏腹に、そこは社交という名の戦場だった。
ブリタニア帝国第二皇子であるシュナイゼルも、その戦場の真っ只中にいた。いや、中心と言った方が正しいだろう。数年来懸案となっていた日本を僅か一ヶ月で屈服させ、イレヴンとして組み入れ、現在世界で最も希少な鉱物資源サクラダイトの安定供給に道をつけた。元々の皇位継承順位の高さに加えて今回の功績である。阿ろうとする者、娘を夜の相手に差し出そうとする者、あるいは自ら身を捧げようとする淑女・・・シュナイゼルの周囲にはそうした人々の人垣が出来、彼が歩くと常にともに人垣も動いた。
幼少の頃から如才なく、そうした人間達をあしらい続けてきたシュナイゼルにとって、利用できる者かどうかを瞬時に判断し後に利用できるように扱うことも、後腐れなく夜を共にできる女を見分け、差し出された身を楽しむことも造作ないことだった。
それにも関わらず、今年はそうした人間達がシュナイゼルには煩わしくて仕方がなかった。これはいい加減、どこかで一人になった方が良い──そう考え始めたシュナイゼルの前に不意に一人の青年が立ちはだかって、周囲の人垣がざわめいた。幾ら新年の祝賀の席とはいえ、皇族であるシュナイゼルの進路を塞ぐなど、大変な不敬に当たるからだ。
けれど、青年は周囲の騒然とした空気に気付いていないのか、それとも気付いていない振りをしているのか、眼鏡の奥の薄い水色の瞳をにやにやと細めて膝を折った。その礼だけは、第二皇子の進路に立った不躾な者とは思えない、優雅なものだった。
「第二皇子におかれましては、恙無くお過ごしの様子。この私に新年のご挨拶を述べるお許しをどうかお与えください」
(──ロイド──っ!)
シュナイゼルの目からはロイドの後頭部しか見えないが、さぞ愉快に笑っていることだろう。瞬時に数十ものロイドに対する抗議が浮かんだが、その中の只一つでさえ口にできる筈もなく、代わりにシュナイゼルは自分が浮かべうる最上級に優雅な笑みを貼り付けてみせた。
「許す」
許可の後に続いたロイドの挨拶に、シュナイゼルは鳥肌の立つ思いを散々味合わされることになった。
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