「スザク君、最近こないね」
「ああ〜そういや先週の金曜に来てから一回も登校してないよな、あいつ」
シャーリーがぽつりと漏らした言葉に、書類を書く手を止めてリヴァルが答えた。生徒会室にはスザクとナナリー以外の六人が集まって書類と格闘中だったが、そろそろ飽きてきていたのか次々に手を止めていく。
「ふ〜ん、じゃあもう一週間になるのね。スザクちゃんがこんなに長く来ないのって初めてじゃないの?」
ニーナが頷いたのを確認して、ミレイは手を頬に当てて考え込んだ。
「最近、特に大きなテロとか事故なんておきてないわよねぇ」
「そうですよね。どうしたのかしら、スザク君」
「いない間にどんどん課題が溜まってるぞ〜、あいつ」
茶化すような言い方をしたリヴァルだが、一週間も姿を見せないスザクに対する心配が口調には滲んでいる。
一般にはナリタ連山での黒の騎士団、日本解放戦線とブリタニア軍との戦闘は公にはされていない。ブリタニア軍が、それも第三皇女自身が直接率いていながら負けたなどという事実を公式に発表出来る筈もなかった。
カレンとルルーシュは勿論先週末の戦闘を知っている。けれど、まさかそれを此処で言う訳にもいかない。カレンは黙って頷き「心配ですね」と尤もらしく呟いた。
「軍になんているんだ。命令があれば出てこられないなんてこともあるんじゃないのか」
だが、ルルーシュは不意に刺々しい口調で口を挟んだ。不機嫌も顕なルルーシュの様子に、現在生徒会室に居る他の面々は顔を見合わせた。ルルーシュがこんな風に感情を顕にするのは珍しい。
「あら、随分ご機嫌斜めね」
「・・・・・・」
無言で鋭く睨み返すルルーシュの視線を平然と受け止めて、ミレイは考え込む。
(これは相当”キて”るわね)
妹のナナリー以外の人間に対してルルーシュがこんなにも感情を顕にすることはこれまでなかった。そんなルルーシュが、枢木スザクが編入してからは随分変わった。スザクに対してはよく怒っているし、反対に笑顔もよく見せる。
「スザクちゃんは仕事でしょう。仕方がないんじゃないの」
ミレイの言葉にルルーシュの表情は更に険しくなっていく。
(ああ、もう本当に・・・仕方の無い子よね。まあ、連絡さえ取れないって言うんだから無理もないでしょうけど)
「一週間も会えなくて寂しいのは分かるけどね。あなた、スザクちゃんが来てもそんな顔をしているつもり?」
「どんな顔だって言うんですか」
急に険悪になったミレイとルルーシュの様子に、慌ててシャーリーとリヴァルがフォローに入る。
「ちょ・・・ちょっと二人ともどうしたの、急に」
「そんな険悪に話さなくてもいいだろ。みんなスザクを心配してるのは一緒なんだから」
二人のフォローにルルーシュが黙り込む。
「余程気に入らないのね、ルルーシュは。そんなにスザクが軍にいるのが不満?」
「当たり前でしょう」
先程よりは幾分落ち着いてルルーシュは答えた。けれど、不機嫌な表情は変わらない。
「だからってルルーシュがそんな顔したって何にもならないでしょう」
「分かっている、そんなことは!」
「お、おいルルーシュ」
ガン、と大テーブルを叩いたルルーシュを慌ててリヴァルが諌める。シャーリーとニーナが不安そうにルルーシュを見つめた。
「すみません・・・。今日は・・・もう帰ります」
慌しく帰り支度をすると、ルルーシュはさっさと生徒会室を出て行った。
「会長・・・ちょっと言い過ぎなんじゃないですか?」
「そうねぇ・・・あそこまで過剰反応するとは、ね」
シャーリーの少し非難の混じった声に、ミレイが溜息をつく。
「でも、あんな顔をされたんじゃ言いたくもなるよなぁ」
ナナリーが居る時はさすがに取り繕っていたが、彼女がいない場所ではもう限界を超えていたのか、不機嫌オーラ全開だったルルーシュに生徒会メンバーもいい加減疲れていた。
「スザク君が・・・早く出てきてくれればいいのに」
ぽつりと洩らされたニーナの言葉に全員が一斉に振り向いた。
「えっ・・・あの・・・だって、そうすればルルーシュ君もいらいらしないし、みんなも心配せずに済むし・・・」
全員の視線を受けて驚いて小声で答えたニーナの言葉に、ミレイが優しく微笑んだ。スザクが学園に通い始めた頃に比べて、彼女も随分変わった。
「そうだよな、さっさとスザクが出てくればいいんだよ」
「スザク君が来たら来たで、ルル、怒ってること多いけどね」
「だよな。何かする度にこの馬鹿とか、天然、とか怒ってるよなぁ」
とシャーリーとリヴァルの二人が笑う。そこにカレンの遠慮がちな「あの・・・」という声が割って入る。
「ん?カレンさん、何?」
「ルルーシュ君が書いてた書類、終わってないみたいだけど・・・」
「あ、しかもこれ今日までだわ」
ニーナがルルーシュが残していった書類を確認して呟く。
「「「ルルーシュ──っ!!!」」」
三人の絶叫がルルーシュに届く筈もなく、ほぼ白紙の書類の束だけが残された。
上手く書類から逃げ出したルルーシュはクラブハウスには戻らず、屋上へと上った。ルルーシュが屋上に来たのは、スザクが転校してきた日以来である。
ルルーシュがあの時以外でスザクと二人きりで話した時間というのは、実はとても少ない。クラブハウスに招待したときと、偶然生徒会室で二人きりになったとき位だった。
『軍に戻らないと』
そう言って、自分の許から去って行ったスザクを思い出すと、ルルーシュは言い知れない怒りを覚える。
俺の傍にいろ、もう二度と離れるな、軍なんてやめろ。と叫んでしまいたくなる。
血に汚れた自分の傍にスザクが立つことはないと、何度も思い知らされているのに。
あの日この場所で穏やかに話した時が遠くなる。
スザクが一週間も登校しないのは、ナリタ連山での攻防が原因だろうか。ならば、これからも黒の騎士団が勝利を収める度に、スザクが軍に居る時間は長くなるのだろうか。
こんな風にスザクと居る時間も減っていくのか。
スザクが忠誠を誓う価値など無い、あんな国の為に。
七年ぶりに再会した時、スザクは既に名誉ブリタニア人でしかも軍人だった。それでも生きていたことが嬉しかった。スザクが学園に転校してきた時、また七年前のように幸せな時間が訪れるのだと、少なくともこの学園の中では穏やかな時間を一緒に過ごせると思ったのに。
(俺が手にしたと思った幸せは、いつもブリタニアに奪われるのか)
ならばルルーシュは何度でも戦うだろう。ブリタニアを壊すまで。
たとえ・・・そうすることでスザクとの距離が離れていくことになろうとも──。
End