あの日のルルーシュは、どこか様子がおかしかった。
軍での仕事があって学校を休んでいたけれど、どうにか最後の授業にだけは出席できそうだったから、走って学校に向かった。教室についたのは、ぎりぎりの時間。そこから教室に鞄を置いて、更に教室を移動しなければならないから、廊下も走らないと間に合いそうになかった。だから、そんな時間の教室に一人ルルーシュが残っているのを見つけた時、僕は幻を見たのかと思った。
ルルーシュの名前を呼んで、振り返ったその顔を見た時、僕は思わず息を呑んだ。一人座ったままのルルーシュはとても寂しそうで、消えてしまいそうだった。常のルルーシュからは考えられない弱い部分を見てしまったようで、そこに座っているのが本物のルルーシュなのか、少し疑った。
気まずい感じがして、けれど僕がそんな風に思ったと知ったら、ルルーシュはきっと怒るだろう。何も気付かなかったように、教室に入っていく。まずはちゃんと挨拶をしないと。
「おはよう」
言った後で、もう昼をとっくに過ぎていることを直ぐに思い出す。
「って時間じゃないか。」
簡単な会話を交わしながら、次の授業に必要な教科書とノートを出していく。それらを腕に抱えて、まだ座ったままのルルーシュを誘おうと手を伸ばしたのだけれど・・・ルルーシュは僕の手を確認しても、黙って僕を見上げたまま一向に立ち上がろうとしなかった。
さっき振り返った時のルルーシュの顔を思い出す。やっぱり、今日のルルーシュは変だ。でも、そろそろ行かないと本当に遅刻してしまう。
「・・・ルルーシュ、どうかした?早く行かないと本当に遅刻し──っ!」
急に差し出していた手を引かれて、ルルーシュに覆いかぶさるようになる。咄嗟に机に片手を着いて倒れるのを防ぐ。その拍子に抱えていた教科書や筆箱が床に落ちて散らばってしまう。けれど、ルルーシュが僕の腰にしがみついているので、屈んで拾うこともできない。まるで僕に縋り付くように腕を回しているルルーシュを無理に引き剥がすこともできない。ルルーシュは、どうしてあんなに寂しそうな悲しそうな顔をしていたのだろう。何かあったのだろうか。聞きたいけれど、とても聞けそうになくて僕は途方にくれてしまった。
君の力になりたいのに。
結局出てきた言葉は「どこか具合でも悪いの?お腹が痛いとか」なんて、的外れな言葉。予想通りルルーシュに直ぐに否定されてしまって、それ以上何も聞けないうちに始業のチャイムが鳴り響いた。学校に送り出してくれた特派の皆には申し訳ないけれど、サボり確定だ。こんな状態のルルーシュを置いてはいけないし・・・。
結局僕に出来るのは、少しでもルルーシュの気持ちを軽くすることくらい。子ども扱いするなって怒るかと思ったけれど、背中をぽんぽんと軽く叩いたら「落ち着く」と言って貰えて嬉しくて、しばらくそのまま続けた。子どもの頃にも、怪我をしたり落ち込んだりしたルルーシュの背中を撫でたことがあった。落ち込んでいるルルーシュには悪いと思ったけれど、とても懐かしくて少し嬉しかった。少しは役に立ったみたいで、ルルーシュの声も元気になったし。でも、少し元気になった途端に、僕のことを「割烹着が似合う」ってからかうのは酷いよ、ルルーシュ。
「スザク、もういいよ。ありがとう」
「どういたしまして」
ルルーシュを支えていたのはそんなに長い時間ではなかったと思う。他愛ない話をしばらくした後、躊躇い無くすっと離された手が少しだけ名残惜しかった。でも・・・そんなこと考えちゃいけない。
「・・・悪かったな。折角、学校に来たのに」
床に散らばっていた教科書を一緒に拾い上げてくれながら、ルルーシュが謝る。気にしなくていいのに。
「いいよ、そんなこと。ルルーシュ、元気になったみたいだし。それに・・・ルルーシュと二人で話す機会ってあまりなかったから、こうやって話せるのは嬉しいよ」
笑顔で言ったつもりだったのに、ルルーシュは僕の言葉を聴くと一瞬辛そうな顔をした。何かに耐えるような・・・。けれど、それは本当に見間違いかと思う程一瞬で、直ぐにルルーシュも笑顔になった。
「そうだな。俺もスザクと話せるのは嬉しいよ」
「・・・・・・・・・」
「え、おい、なんで涙目になってるんだ!?」
「あれ・・・?ごめん、何か凄く嬉しくて・・・。こんな風に話せる日がくるなんて、思ってなかったから」
慌てて浮かんでいた涙を拭った。うう、恥かしい。
「相変わらず涙脆いんだな・・・スザクは」
教科書を机に置いたルルーシュが、重々しく両腕を広げた。
「・・・・・・?何やってるの、ルルーシュ?」
「何って、この胸に飛び込んでくるんじゃないのか?」
「何でそうなるんだよ」
「いや、慰めてやろうかと」
「悲しくて涙が出てきたわけじゃないんだから」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「ぷっ・・・」
「くっ・・・」
あはははは・・・と二人同時に噴出した。
「こういう時は胸に飛び込んでくるものだろう。ノリが悪いぞ、スザク」
「いきなりそんなことできないよ」
二人で思い切り笑った。ルルーシュは、最初に見た寂しげな雰囲気なんてどこにも無くなっていた。
「・・・ああ、もう久しぶりにこんなに大笑いした気がするよ。・・・何か思い切り笑ったらお腹が減ったな・・・何か食べに行くか?」
ルルーシュの言葉に、学校に来る前にセシルさんから貰った飴玉の袋を思い出した。
「そうだ。僕、今日飴を貰ったんだ。ちょっと待ってて」
鞄を開けて小袋を取り出す。この飴玉を貰った時の僕の幸せな気持ちが、ほんの少しでいいからルルーシュにも伝わったらいいのにな・・・。そんなことを考えながらルルーシュの手に飴玉を乗せた。
「はい、ルルーシュ」
「ありがとう・・・へえ、綺麗な色だな」
手の平に乗せられた飴玉を光に透かして、ルルーシュが呟いた。僕も同じように飴玉を光にすかしてみる。確かに元々薄かった赤い色が光を透かして更に淡い色になって綺麗だった。
「おい、スザク」
「何?」
飴玉を口の中で暫く転がしていたルルーシュが、いつの間にか眉間に皺を寄せている。
「これ・・・何味の飴だ?」
「梅味だって言ってたけど」
「おまえ・・・まさかこれ、まだ食べていないのか?」
「うん、食べてないよ」
言いながら、こっそり後ろ手で飴玉を袋に戻す。
「・・・・・・・・・」
ルルーシュが無言で睨みつけてくる。う〜ん・・・そんな睨むほど凄い味だったのかな。
「えっと・・・そんなに凄い味なの?」
「飴なのに妙に酸っぱくて、でもやっぱり飴だから微妙に甘いっていう・・・なかなか味わえないコラボレーションだな」
おまけに仄かに感じられる味は、もしかして紫蘇か・・・?くくくくく・・・と不気味にルルーシュが笑っている。ああ、まずい結構本気で怒ってる、かも。
「あ〜・・・えっと、おいしいって言ってたらしいんだけどなー・・・あははは・・・はは・・・は・・・」
「おまえ・・・さては俺に毒見させたな・・・?」
「え・・・毒見ってそんな人聞きの悪い・・・ただ、いつもブルーベリージャム入りおにぎりとか苺のコンポート入りおにぎりとか作る人から貰ったから、ちょっと不安だったっていうか・・・」
「それを毒見と言うんだーー!」
一言叫んで、ルルーシュが僕に飛び掛った。
「何するんだよ、ルルーシュ」
「スザク、おまえも食べろ、この世にも恐ろしい飴を」
「嫌だよ」
「ふざけるな、何故俺だけがこんなものを食べなきゃならないんだっ」
「だからそれはごめんって〜」
「笑いながら言っても説得力などないぞ。絶対に食べさせてやる」
「うわ〜それは勘弁して、ルルーシュ」
僕らの攻防は、授業が終わって戻ってきたシャーリーの呆れ返った声に止められるまで続いたけれど、結局僕はまだ一口も食べていない。
End