現役軍人でありながら、高校に通わせて貰っている身では、学校に行けない日や途中から登校する日も少なくない。けれど、上司の副官を初めとする優しい人達の気遣いのお陰で本来なら軍務に就かなければならない時間でも、「今日はスザク君がいなくても大丈夫だから。学校に行ってらっしゃい」と送り出されることもしばしばだ。本当はその分のスケジュールの皺寄せを、技術者の人達が分担して引き受けてくれていることを知っている。けれど、彼らはそんなことを億尾にも出さずに、僕を送り出してくれる。
「お、これから学校か」
「しっかり勉強してこいよ」
「いってらっしゃい、スザク」
「はい、いってきます」
作業中の手を休めることなく次々に掛けられる声に、大きく返事をして走る。
初めて「いってらっしゃい」と言われた時は、あまりに吃驚したのと嬉しくて、つい溢れそうになった涙を堪えるのに精一杯で咄嗟に返事が出来なかった。そうしたら、「こら、「いってらっしゃい」って言われたら「いってきます」だろ」「挨拶は人間関係の基本だぞ」と怒られるやら、からかわれるやらだった。だから、それ以来「いってらっしゃい」と言われたら大きな声で返事をするようにしている。走りながらなのは、今からなら最後の授業には間に合うから。移動教室だった筈だから、ちょっとギリギリになるけれど。
「あ、待って。スザク君」
「はいっ」
後ろから掛けられた女性の声に慌てて止まる。振り返れば予想通り、セシルさんだった。何か問題でも発生したのだろうか?
「ああ、大丈夫。仕事が入った訳ではないの。これを渡すつもりだったのに、忘れていたから」
はい、あげる。と言って、掌に乗せられたのは、口を赤いゴムで止められたビニールの小袋。中に入っている幾つかの硝子玉のようなものは・・・
「飴?」
「梅味の飴なの。ああ、大丈夫、ちゃんと味見はしているわ。ロイドさんもおいしいって言っていたし・・・」
・・・セシルさんとロイドさんの味見・・・一番信用ならない組み合わせだ。何しろロイドさんはブルーベリージャム入りおにぎりこそ、イマイチと評したものの、苺のコンポート入りおにぎりはおいしいおいしいと言って三つも頬張ったのだ。
無類の甘党、恐るべし。
けれど、こうして色々な日本の味を再現しようとしてくれるセシルさんの気遣いは、いつもとても嬉しい。
「ありがとうございます。いただきます」
「どういたしまして。学校のお友だちと一緒に食べてね。ああ、ごめんなさい、引き止めて」
「いいえ。それじゃあ、いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
笑顔で振られる手に笑顔で手を振り返しながら、僕の足は学校に向かって走り出す。
鞄の中に貰った飴玉の小袋を丁寧に仕舞う。十個も入っているから生徒会の人達に配ってもまだ余ってしまう。・・・ニーナは、食べてくれないかもしれないけれど。
いつも僕の姿を見ると、怯えてミレイさんの影に隠れてしまう彼女の姿を思い出すと少し痛みを覚えるけれど、懐かしいルルーシュやナナリーが居て、彼らのお陰で少しずつ学校生活を普通に、そして楽しく送ることが出来ている。
(友達です!)
きっぱりと言った君の横顔を、僕はいつまでも忘れないだろう。
ルルーシュが居て、ナナリーが居て、生徒会の人達が居て、普通の学生と全く同じ訳にはいかないけれど、学校に通って。そしてそんな僕に飴玉をくれる人、「いってらっしゃい」と送り出してくれる人達がいる。
失った筈のものをもう一度手にして、今僕は笑っている。
End